4技能対策オンラインスクール「ベストティーチャー」を運営する株式会社ベストティーチャーは、12月8日iOSアプリをリリースした。株式会社ベストティーチャーは今年8月に代々木ゼミナールや、サピックスを運営するSAPIX YOZEMI GROUPに参画している。
教育関連サービスの運営企業は、ベストティーチャー以外にも下記のような企業が買収されている。()内は買収企業。
- Quipper(リクルートマーケティングパートナーズ)
- iKnow! (DMM)
- Code Camp (フューチャーアーキテクト)
- キラメックス(ユナイテッド)
今回の記事は、オンライン英会話「ベストティーチャー」の創業からSAPIX YOZEMI GROUP入り、そして現在までを、当時のインタビューや改めてインタビューを行ってまとめた。
この記事の目次
「言いたいことが英語で言えるようになる」というコンセプトで創業、サービス提供開始
株式会社ベストティーチャーは2011年11月に設立され、翌2012年5月11日にサービスをリリースした。
ベストティーチャーのサービスのコンセプトは、代表の宮地氏の学習経験にもとづいたものだった。オンライン英会話で話をして満足して終わってしまうのではなく、テキストでのログを残して「言いたいことが英語で言えるようになる」サービスをコンセプトにしていた。
リリース直後のインタビューでも下記のように語っていた。
自分自身、色んな英語サービスを試して来ましたが、中々英語を話せるようにならなかった。ただ話をしているだけでは記憶に残らないし、本当に正しいのかも分からない。 自分の言ったこと・言いたいことがログで残って復習していけるようでないと、話せるようにはならない。 そう思ったのが創業のきっかけですね。
言いたいことをまずしっかりとテキストにして添削してもらって合っているかを確認する、そしてそれをログに残して見直せるという勉強フローに優位性があると考えています。
Best Teacher が提供したいのは、「言いたいことが英語で言えるようになる」サービスです。 その目的にそって手段は常に改善・進化させたいと考えています。
「レアジョブ英会話」を追いかける
2012年のサービスリリース時点では既にオンライン英会話のサービスの先駆者は多く存在していた。その当時から現在まで、オンライン英会話サービスで大きなシェアを獲得していたのは、「レアジョブ英会話」だった。
それでも、オンライン英会話に加えてライティングも学習出来て、そのログが残り、自分のトピックスについて話すことが出来るようになるサービスで、かつ相場よりもやや安い3,980円という価格設定であれば、フォロワーとしてシェアを伸ばせると考えていた。
実際に2013年末の日本e-Learning大賞ソーシャルオンライン英会話部門賞を受賞したり、EdTech JAPAN Pitch Fesなど、イベントへの露出も積極的に行っており、外部の注目度は高く、順調な滑りだしに思えた。
だが、
今、考えればこの創業時の判断は誤っていました。
より低価格で出来るサービスではなく、付加価値の高い、高単価のサービスを始めから追求すべきでした。
学習サービス全般に言えることだと思うが、学習意欲の高い人は「値段が安い」という理由でサービスを利用することは多くありません。そうではなく、本当に英語が出来るようになりそうな、自分が変われそうなサービスを利用するのだということに当時は気付けていませんでした。
のちに上記のように語っているように、当初の目論見通りにはいかなかった。
サービスリリース後、想定していた会員数を獲得することは出来ていなかった。また競合の新規参入も増え、競争も激化し、集客費用もかさんでいた。
そんな中、追い打ちをかけるような状況が起きた。
2013年の2月、DMMがオンライン英会話のサービスに参入し、DMM英会話をリリースしたのだ。DMM英会話は、低価格(相場の半額程度の価格)と圧倒的なプロモーション(積極的なWeb広告、マスプロモ)で一気にシェアを伸ばしていった。
これによって、ベストティーチャーが当初想定していたオンライン英会話「レアジョブ」を低価格で追いかけるというフォロワー戦略は現実的ではなくなっていた。
現実と向き合い、サービスの提供価値の向上に集中
「レアジョブ英会話」の上場
ベストティーチャーにとって厳しい状況が続く中、先行していたオンライン英会話サービス「レアジョブ英会話」は 2014年6月に上場を果たした。当時の時価総額は公開価格22.2億円、上場時初値59.9億円だった。(2016年12月6日現在は36.9億円)
先行していたレアジョブの上場によって、オンライン英会話サービスに対する一定の期待値が出来上がりました。
あまり規模感の大きな上場にならなかったということもあり、追いかける立場だった自分たちへの投資家からの期待値も一定のものになりました。
追加でのファイナンスの難易度も上がり、方針の見直しが必要になりました。
ただそういった外部環境、競争環境に加えて、ユーザーが思う様に伸びなかったことから、社内の士気も下がっていった。
一方で当時の社内の状況は、競合環境や上場の目標などを口に出すレベルではありませんでした。事業やサービス、顧客に集中することができず、よそ見ばかりしていました。私の判断もぶれぶれだったと思います。
いよいよあと数ヶ月でキャッシュアウトしそうだというところで、厳しい現実に目を向け、まずは目の前の顧客への価値を高めることに集中しようということになりました。
各出版社と提携
競争環境が厳しくなる中で、生き残り、成長を目指すベストティーチャーは、オンライン英会話サービスの中でも独自の路線を進むようになっていった。
オンラインのみでのサービスを提供するのではなく、教材の出版社と提携するようになる。その始まりがZ会との提携だった。Z会との提携を皮切りに、旺文社やジャパンタイムズなど、英語教材を出版する各社と提携を行っていった。
英語教材の出版社は、自社の出版物をアプリ化するなどの取り組みは行っていたが、オンライン英会話との取り組みは進んでいなかった。
ベストティーチャーは積極的に教材の出版社との提携を進め、出版物でインプット(リーディング、リスニング)、オンライン英会話でアウトプット(スピーキング、ライティング)を行うという取り組みを拡大していった。
コンセプトとしていた、「自分のことについて話すことが出来るようになる」オンライン英会話サービスという価値を高めることに集中していった。
フォロワーからの脱皮、価格を月額5,980円から月額9,800円に改定
各出版社との提携、学習コースの充実を行い、提供価値を高める一方で、ベストティーチャーは大きな決断を下した。
サービスの利用料金を月額5,980円から、9,800円に改定したのだ。※リリース当初は3,980円だったが、5,980円に改定していた。
フォロワーとして大手のシェアを奪うポジションから、ニッチなポジションを獲得する方向に転換した。当時からオンライン英会話の料金相場は、月額5,980円で、現在も大きな変化はない。ベストティーチャーは、単純に価格だけを比較すると高額に分類される。勇気のある決断だった。
それでも結果として、この判断は成功した。
「このタイミングで価格変更の判断をしていなければ、サービスをクローズすることになっていたかもしれません。
価格が変わっても、CVRや継続して利用頂ける期間には大きな変化はありませんでした。むしろ有料会員比率は値上げ後の方が上がりました。
学習者にとっては月額の利用料金はもちろん重要ですが、本当にこのサービスでよいのか、英語力が高めらるのかという要素の方が重要だったのだと思います。派手ではないサービスの改善を積み重ねたことが、近道だったと思います。」
価格の改定以降、事業は安定的に成長、収益は改善していった。赤字続きだった事業は、利益が出る事業に変わっていった。
4技能試験対策スクールへの方向転換
ベストティーチャーは2014年、サービスを見直し、価格の改定などを行った。その結果、収益は改善し安定的に収益をあげられるようになっていった。
宮地氏は、サービスをさらに成長させるにはどうすべきかを考えていた。その頃、大学入試改革の議論が盛んになっており、大学入試でもアウトプットを伴う外部試験の活用や、新たな制度導入に向けて大学や国が動き始めていた。
2014年末、宮地氏は4技能試験への取り組みに特化することを決断する。「英語4技能対策オンラインスクール」と自分たちのポジションを明確にし、ライティングやスピーキングが試験に含まれる英語試験の対策が出来ることを押し出していった。
大学入試や、アウトプット型の英語試験の注目度が高まっており、サービスの強みを活かしながら先行者メリットを取れるのはここしかないと思いました。
ライトな英会話などをアピールするのではなく、試験対策や資格をメインに据えて、その分野では負けないサービスにポジションをとっていこうと決めました。
また、弊社のビジョンは創業時から日本人を英語が話せる様にすることです。社会人向けではもちろん伸びていましたが、自己判断で勉強する世界なので、なかなか広がらない。だけど、小中高生向けであれば、受験で強制的に勉強することになるので、そこでスピーキング・ライティングを勉強すれば英語が話せる様になる日本人が増えるのは間違いない。
試験対策に振り、強制的に勉強することになる小中高生を育てた方が、自社のビジョンの実現に近づくと思いました。
2015年は4技能試験対策として各種試験対策のコースを矢継ぎ早にリリースしていった。
- 英検1級・準1級対策コース 2015年4月リリース 提携先:旺文社
- IELTS対策コース 2015年4月リリース 提携先:ジャパンタイムズ
- GTEC CBT対策コース 2015年6月リリース 提携先:ベネッセコーポレーション
- TOEIC SW対策コース 2015年10月リリース、提携先:Jリサーチ出版
- TEAP対策コース 2015年10月リリース、提携先:教学社
- TOEFL Junior Comprehensive対策コース、2015年10月リリース、提携先:ETS
また、行ったことはコースの拡充だけではない。
英語の4技能試験や最新の情報を発信する自社メディア「4skills」の運営も開始した。試験対策を考える英語学習者や、英語学習に関する有識者のインタビューなど、オリジナルコンテンツを多数掲載し、独自の地位を強固なものにしていった。
提携交渉から始まった、SAPIX YOZEMI GROUPへの参画
株式会社ベストティーチャーは16年8月にSAPIX YOZEMI GROUPに参画した。
そのきっかけは、2015年末に開催された「EdTech忘年会」という集まりだった。教育関連サービスの提供者やスタートアップの経営者などが集まっていた忘年会である。その場でベストティーチャー代表の宮地氏と、代々木ゼミナールを運営するSAPIX YOZEMI GROUP共同代表の高宮氏は出会った。
忘年会で意気投合した2人は、詳細は不明だが、4技能学習サービスとして先頭を走るベストティーチャーと、2020年の大学入試改革を控えて新サービスを模索している塾・予備校のシナジーを両者が見出したのは想像に難くない。
「小中高生に注力するなら、自力で集客するよりも、すでに顧客を抱えている塾・予備校と提携した方が早く立ち上がるため、営業がてら業務提携の話を数十社に行っていました。
また、SAPIX YOZEMI GROUPは全国に多くの生徒を抱える教育機関であり提携先としては非常に魅力的でした。
数十社と交渉する中で、提携の話からはじまって、一部出資の話、グループ入りの話とステップアップしていった感じでした。」
ベストティーチャーからすると、幅広い年代にリーチが出来るスクールを運営しているSAPIX YOZEMI GROUPは魅力的だった。
一方でSAPIX YOZEMI GROUPにとっては、インプットを中心としたスクール展開を行っている中で、アウトプットに実践的に取り組めるベストティーチャーは魅力的だったのだろう。
高宮氏は、別サービス(学習管理SNS「Studyplus」)との提携時にも、
「何かの代替ではなく補完的なサービスである点が非常によいと考えていました。授業をオンライン配信に切り替えるといったことではなく・・よりよいサービス提供が可能になる。現在提供している教育サービスにフィットしたというのも大きなポイントです。」
と語っており、現在運営している授業や教育サービスを代替するのではなく、アウトプットに補完的に取り組めるベストティーチャーのようなサービスは魅力的に映ったのだと考えられる。
年始から始まった交渉は、約8ヶ月後、ベストティーチャーのSAPIX YOZEMI GROUP入りという結論になった。
SAPIX YOZEMI GROUP入り
2016年12月現在、2016年8月にSAPIX YOZEMI GROUP入りして4ヶ月が経過している。
宮地氏に現状について伺ったところ、
資金面でチャレンジしていけるようになったのは大きいです。サービスを開発するエンジニアの増員や、マーケティング費用も増やしているので、より積極的に事業展開が行えています。
サービスの運営自体には大きな変更なく、グループ入りによるデメリットを見つけるのが難しいくらい楽しく働けています。
といった話を伺えた。グループ入り後、
- 代ゼミNスクールの医系専用プランにベストティーチャーのサービスを提供
- 代々木ゼミナールと協力して、GTEC CBT&TEAPの受験直前対策を実施
といった現在のスクールでの事業提携も徐々に進んでいる。今後もこういったグループ内での協業は積極的に進めていく予定だという。
今後の展開
ベストティーチャーは12月8日、初のiOSアプリをリリースした。
このアプリは、ベストティーチャー会員が作成し、会員自身が公開した英文に対し、他のユーザーが日本語訳をつけていくというもの。
良い訳や、自分の英文へ日本語訳やいいね!がつくことで承認欲求が満たされ、より学習しようという意欲が増すものになっている。
以前からアプリをリリースしたいと考えていましたが、単にウェブをアプリに置き換えただけのものや単語を学習出来るアプリを作ってもしょうがないと感じていました。一方で今までのベストティーチャーの資産を生かせるようなものにしたいとも考えていました。
ベストティーチャーのユーザーが今までに作った英文に対して、日本語訳をつけられれば、今までのサービスの資産も活きる形で、サービス提供出来ると考えました。ユーザー同士にコミュニケーションが発生するようになっているので、学習の継続にも繋がりやすいと考えています。
アプリに関してはまず、出してみてユーザーの反応をみてアップデートしていきたいと考えています。
また、今後は自動添削にもチャレンジしたいと考えています。ベストティーチャーは日本人の英語学習者が作成した、20万の会話データおよび添削データを持っています。このデータは利用者が増えるほど蓄積していきます。この回答を生かして自動添削の仕組みを作りたいと考えています。
自動添削という単語を使っているのは、人工知能による添削というと突っ込みどころが増えるからです笑 とはいえ、当然AI分野を猛勉強していますし、最も技術的に興味のある分野です。
本日リリースしたアプリ、自動添削へのチャレンジ、SAPIX YOZEMI GROUPとしての協業など、今後もベストティーチャーのサービス展開に注目したい。
2015年頃から従来の学習塾や予備校、教育サービス提供者とEdTech関連スタートアップの協業が多く見られるようになっており、今年も提携のニュースが多く見られた。2017年以降も双方の提携や、グループ入りなどのニュースが多くなるかもしれない。