IT(情報技術)企業の経営者では、リーナス・トーバルズ氏とアンディ・ジャシー氏はおよそタイプが異なる。トーバルズ氏は米オレゴン州ポートランドの自宅で、よくバスローブを着たまま仕事をする。無償で使えるソフトウエアを世に送り出したボランティア開発者のトップだ。一方、ビジネスカジュアル姿が多いジャシー氏は、米シアトルの高層ビルにオフィスを構える。部下は世界中に数十カ所ある巨大データセンターを運営し、新たなインターネットの課金サービスを開発している。
■ソフトやサービス普及に一役
だが、2人が率いるチームは同じ日が記念日で、これまでも深いかかわりがあった。1991年8月25日、トーバルズ氏はチームの開発者らに、自身が書いた基本ソフト(OS)で意見を求めた。これが「リナックス」の誕生だ。以来、誰もが自由にアクセスし、利用や複製ができるオープンソースのOSでは、世界で最も利用されるようになった。2006年の同じ日、ジャシー氏のチームは「エラスティック・コンピュート・クラウド(EC2)」のベータ版(試用版)を公開した。これは後に、米アマゾン・ドット・コムのクラウド事業の中核サービスに育ち、過去1年間で110億ドル(約1兆1200億円)を売り上げるまでになった。
2つの開発チームは、ネットを通じて様々なソフトやサービスを提供するクラウドサービスの普及で大きな役割を担ってきた。アマゾンが運営するような巨大データセンターのネットワークは、世界で最も重要なインフラの一つになった。しかし、リナックスのようなオープンソースのOSがなければ、クラウドサービスは日の目を見なかっただろう。アマゾンのサービスはその後、同社の他のITシステムとともに「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」というクラウドサービスに統合された。
リナックスもAWSも、他の類似サービスに先駆けて世界的に採用されたことでネットワーク効果が生まれ、ビジネスが展開しやすくなった。リナックスは米IBMと米オラクルが支持したことも大きい。両社は米マイクロソフトのOS「ウィンドウズ」の普及を阻止する狙いがあった。AWSについては、スマートフォンが07年に登場する直前に誕生したため、時期が非常に良かった。料金が定額制ではなく、使用量に応じて払う従量制だったことで、新興企業が飛びついた。最近は米ゼネラル・エレクトリック(GE)や米動画配信大手ネットフリックスなどの大企業ユーザーも増えているが、100万社を超えるAWSの利用者のほぼ3分の2は、今でも社歴の浅い中小企業だ。
リナックスとAWSは、それまでIT業界の雄だった企業に厳しい状況をもたらした。新興企業はデータベースソフト大手オラクルの高額な特許品ではなく、ほぼ必ずクラウド上のオープンソースのデータベースを選ぶ。クラウドサービスを利用する企業が増えるほど、米デルや米ヒューレット・パッカード(HP)などの機器メーカーは売れなくなる。クラウドサービス事業者も、機器は中国の委託製造業者から購入するのでなおさらだ。この結果、機器メーカーは中核事業の売り上げが低迷し、IBMでは16年4~6月期まで17四半期、減収が続いている。