人工知能によって、ルーティンとなる仕事はもちろん、意思決定など高付加価値の仕事も一部代替されていくのではないかと考えられています。
2016年1月、freee株式会社が提供する開発者向けのAPI「freee API」を利用した経営分析ツール「SHARES AI」がリリースされました。SHARES AIはクラウド経営支援ツール「SHARES」を提供する株式会社ココペリインキュベートとの連携によって、freeeの会計データをもとに、人工知能による経営の分析と課題発見を行ってくれるとのこと。
そこで今回はfreee株式会社 代表取締役の佐々木大輔さんを迎え、人工知能による経営の分析と課題発見とはどういうものなのか、そして人工知能を活用することで、「経営分析」という重要な業務を「しなくてもよくなる」リーダー人材が、新たにするべき仕事や身につけるべきスキルについて、お話を伺いました。
PROFILE
- 佐々木大輔
freee株式会社 代表取締役 - 東京都出身。一橋大学商学部卒。データサイエンス専攻。2008年にGoogleに参画。日本におけるマーケティング戦略立案、Googleマップのパートナーシップ開発や、日本およびアジア・パシフィック地域における中小企業向けのマーケティングの統括を担当。中小企業セグメントにおけるアジアでのGoogleのビジネスおよび組織の拡大を推進した。2012年、freee株式会社を創業。日経ビジネス 2013年日本のイノベーター30人 / 2014年日本の主役100人に選出
会計業務を人工知能が担うことで、より高度な課題解決が要求される
ー経営分析ツール「SHARES AI」では人工知能によって経営課題の発見を行ってくれるとのことですが、具体的にどのように機能するのでしょうか?
すでに実現している機能は、請求書を出しているのに先方から入金されていない場合、検知してアラートを出してくれるというものです。今後はさらなる人工知能の発達により、企業規模に合わせた助成金や、効果的な資金調達のタイミングを提案してくれるようになります。
小規模な企業では経理業務を社長が担当していたり、経理担当がいるけど兼務していたりして、データをきちんと照らし合わせていればわかるものの、うっかりミスが発生してしまいますよね。そういうリスクを自動化によって減らしたいという目的があります。
ーある意味、人工知能を活用したクラウド会計ソフトがこれまで企業の経理担当者や、会計事務所が担ってきた役割を担うことになるかもしれませんね。
「人工知能を活用する」となると、多くの方がそう懸念されていますよね。けれども、実際には経理担当や会計事務所がなくなるわけではないと考えています。そうやって自動化が進めば進むほど、やるべきことは増えていくのではないかと思います。
確かに「財務データをくまなくチェックする」ということは、これまで経理担当が担ってきた重要な役割でした。けれどもデータに間違いがないかどうかチェックするということは、どちらかといえば機械のほうが得意ですよね。その役割を自動化すれば、それより一歩先を行って、「そもそもおかしいことが起こらないようにする」ことも自動化できるはずです。
そうすればむしろ、「人間が解決しないといけない課題」は増えるのではないかと思うんです。
ーそれはつまり、どういうことなのでしょうか。
海外の事例を挙げましょう。以前なら日本と同様、「会計事務所はコンピュータに置き換えられる仕事」だと思われていましたが、近年、かえってその人気が高まっています。
顧客の相談に乗り、パートナーとなって一緒に計画を立てる。時にはよき友人となり、背中を押してあげる・・・ これまでは手が回らなかった人でも、このような仕事ができるようになります。会計に関わることは「外交的かつ明るさが求められる、世の中のためになるクリエイティブな仕事だ」という実感が増えてきているから、人気が高まっているんです。
実際に、会計事務所ではそういった優秀な人材を求めています。興味深いトレンドですよね。
ー海外ではすでに、人工知能を活用しながら人との役割分担も明確になってきているのですね。
そうですね。業界の自動化が一番進んでいるのはニュージーランドなのですが、会計ソフトのクラウド化率が最も高いんです。そこにはクラウド会計ソフトのスタートアップが早期に立ち上がって、急成長してきたという背景もありますが、ニュージーランドやオーストラリアは、グローバル企業がひしめくアメリカなんかと比べると、圧倒的に中小企業が多いんです。文化的な背景もありますが、「雇用されないはたらき方」を好む傾向もあります。
そうすると、日本も現状として中小企業への依存度が高く、国全体としても改革の余地がありますよね。問題点を改善すれば大きな経済効果を得られるわけですから。
リーダーに必要なのは、確かなゴール設定と「熱狂を生む」場作り
ーバックオフィスの仕事に関しては、今までは集中してこつこつと地道に仕事をすることに長けている人が向いていると考えられてきましたが、これからは求められる人材像が変わってくるのでしょうか。
デスクワークをする人がいなくなってしまうのかというと、そういうわけではないと思います。ただ、データ上に表れてくる数値がより細かくなってくるため、高度に分析をする力はますます求められるかもしれません。そもそもデータ量も増えているため、スピードを求められるようになるでしょう。
そしてその分析を相手に伝え、提案することで、次の事業展開につなげていくことになりますが、必ずしもそれを分析した人が直接伝える必要はないと思います。もっとコミュニケーションが得意な別の担当者と連携して行ってもいい。それぞれ専門性の異なる人がタッグを組み、より生産性を向上させていくことが重要になってくるのではないでしょうか。
例えば、会計データとWebサイトのログを照合して、売り上げとサイトの訪問数がどう連動しているのか、あるいはより効率的にサーバの負荷を分散させ、コストを削減していくか・・・ など、より高度な課題設定を要求される可能性もありますよね。そうすると個人に求められる専門性も高くなってきますし、チームを組まないと解決できなくなってきます。
ー人工知能を活用していく中で、リーダーがやるべき仕事や求められる能力はどんなものでしょうか。
例えば、SHARES AIから出てくる提案は現状、源泉徴収の支払いや年末調整、売掛金の回収などあくまでシンプルなものです。けれどもしかしたら今後、より積極的な経営課題のアドバイスとして「このタイミングで人を採用したほうがいい」「今のフェーズでこういったものに設備投資したほうがいい」など、財務データを総合的に活用して、”人工知能CFO” として資金繰りを回していけるようになるかもしれません。
けれどもそれは、明確なゴールとして「コストを削減して利益を最大限に」という方向性が設定されていれば、の話です。ここで申し上げたいのは、経営は必ずしもゴールが一つではないということ。存続することが目的か、優れたサービスを提供することか、あるいは社会をよりよいものにすることなのか・・・ どこにゴールを設定するかのほうが大事なんです。
そしてもう一つ重要なのは、そこにちゃんと人がついてくるかどうかということ。それはロジックから来るものではなくて、感情からくるもの。つまり、経営者やリーダーには、ゴールを設定し、それがいかに意味があるもので、ロジックを超えてやりたいと思えるかどうか、メンバーに伝えられる能力が必要となってきます。
つまり、今までの組織構造は、上司になればなるほど多くの知識を有し、専門性が高いとされてきましたが、それでは対応できなくなるということです。マネジャー、プロデューサーとして、専門性の高い人たちを束ね、それぞれがもっとも能力を発揮できる組み合わせを考えられるかどうかが大切になります。
一方で、個人が一タレントとして突き抜けられることも大事。要は「場作り」ですよね。新しい事業を立ち上げるときに合宿を行って、それぞれの生い立ちとか、事業とまったく関係のないことを話すとか・・・ 最初から結論ありきの会議では、熱狂は生まれません。
私たちも「語る会」というのをやっていて、開発、営業、マーケティングなど部署も関係なく全員参加で、思ったことを話し合ったり、並行してチャットに書いたりする場を設けているんです。そこで「なにかおもしろい意見が出てくるかも」と好奇心をもてるような場所をつくることが重要なんです。人はどこか熱狂するほどの感情でしか動かないんです。
人工知能によって、リーダーはよりミッションに専念できる
ー佐々木さんご自身は人工知能の可能性についてどうお考えでしょうか。
新規事業の立ち上げなどを考えると、実際、人工知能に置き換えられるものは一つもないと思うんです。
当然、人工知能に読み込ませられるような既存のデータはありません。同様に、人材としても「今までのデータがないのでわかりません。どうすればいいですか?」というような人ではなく、「やってみるか。どうしたらできるだろう?」という人こそがイノベーションを起こせるのだと思います。理想的なのは「優秀な人がどんどん挑戦して、失敗しても成長しながら成果を出す」という環境です。
ただ、無作為にやっていては組織の意味がなくなってしまいます。そこで私たちは、以下のような価値基準とミッションを設定し、全員がそれに向かって行動するようにしています。
5つの価値基準
- 本質的(マジ)で価値ある
ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えるものを提供する。
- 理想ドリブン
現在のリソースやスキルにとらわれず、まずは理想から考え、挑戦し続ける。
- アウトプット→思考
まず、アウトプットする。そして考え、改善する。
- Hack Everything
取り組んでいることや持っているリソースの性質を深く理解する。その上で、枠組みを超えてクリエイティブな解決案を発想する。
- あえて、共有する
あらゆる面において、人とチームを理解する。お互いに知られるように共有する。オープンにフィードバックしあうことで一緒に成長する。
大きなフレームワークを敷くことで、優秀な人が集まり、建設的に議論し合えることが、新しいことを始めるときには重要な競争力になるんです。
以前はたらいていたGoogleでは、利益を追求するというよりも、「世界をよりよくする」「人びとを幸せにする」ことを掲げていましたが、それこそがいい会社のあり方だと思います。僕自身、ものすごくモチベーションをかき立てられたのは、とある役員の言葉でした。それは「会社はムーブメント(=社会活動)」ということ。つまり、そこにいる人びとも、自分も、「心の底からそれをやりたくているんだ」ということです。そして、経営者はそのムーブメントに一番熱意を持って然るべきですし、その熱意をメンバーに伝えなくてはなりません。
経営者が短期的な資金繰りや利益追求に追われてばかりでは、そういったミッションに集中できませんよね。だからこそ、そこにテクノロジーを入れることで、本来経営者がやるべき仕事に専念できるような環境を作りたいと考えています。
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[取材・文] 大矢幸世、岡徳之