幼いころからの外国語習得の是非

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子どもの外国語習得

学習指導要領の変更により、平成23年から小学校の5年生・6年生の段階で年間35単位時間の「外国語活動」が必修化されました。それに前後するように、外国語を学ぶなら早ければ早いほどいいという考え方が広がり、赤ちゃんのころから英語の勉強を始めさせる親が増えてきています。ここでは幼いころから外国語を学ばせることがほんとうにいいのかどうか、少し見ていきましょう。

 

母国語が未熟な場合問題が出ることもある

人間がどうやって言語を習得するのか、あるいは、こころの発達や成長に言語の習得がどのように関わってくるのかについてはさまざまな研究が行われています。こうした研究はまだまだ途上で、どの時期から学習を始めたらいいのか、あるいはどういった方法で学習を進めたらいいのか、といったことはまだはっきりとした結論が出ていないのが現状です。

 

つまり、最近では赤ちゃんのころから英語教育を行うことは「ごく当たり前」という風潮も見られますが、それが本当にいいことなのかはまだ分かっていないということです。極端なケースでは、日本語を使うことを禁止して英語だけの環境に幼い子どもをおくといった教育方針を採るような教育機関さえ登場してきています。そのようにして育てた子どもは本当に外国語に堪能な子どもに育つのでしょうか。

 

アメリカのニューヨーク州White Plainsに、「学校法人こどものくに幼稚園」という幼稚園があります。教職員18名、定員は120名という規模の幼稚園で、海外でも日本人の子どもが健やかに成長し発達していくことができるようにという考え方に立って1981年に設立された幼稚園です。

 

この幼稚園では、それまで日本語の環境で大きくなってきた子どもが英語という完全に異質な言語環境に突然放り込まれることでさまざまな問題を起こす、という事例にいくつも遭遇してきたといいます。そうしたさまざまな事例に共通しているのは、母国語がまだ成熟していない時期にいきなり異質な言語環境に入れられてストレスを感じ、赤ちゃんや小さな子どものこころの成長・発達に遅滞が生じてしまうという事実だったといいます。

 

そういった子どもたちの中には、突然会話をしなくなってしまったり、こころや言葉の成長に遅滞が生じ、ものごとを認識したり自己表現をする能力の発達が1~2年ほど遅れてしまったり、といった問題を抱えてしまうケースが見られ、そうなってしまった子どもの問題を解決するのにはかなりの努力と時間が必要になってしまうというのです。

 

赤ちゃんや子どもは環境などさまざまな面に対する適応能力が高いとされています。しかし、言葉を身につけるという面にだけ着目して早いうちから無理な教育を行うとそれ以上に厄介な問題を引き起こしかねない、というわけです。

 

異言語環境による子どもへのストレス

海外赴任などによって子どもを連れて海外に住むことになった場合、多くの親は子どもを赴任地の学校にそのまま入れるという対応をするといいます。どうしてそうするのかと聞くと、そのようにすれば幼いころから英語を学ぶことができていいからだという答えが返ってくることが多いようです。

 

大きくなってから英語を学ぶのに苦労した経験を持っている親が、早くから子どもを英語の環境に慣れさせることで苦労せずに英語を身につけて欲しい、と願うのは親心として分からなくもありません。自分の子どもが小さいころから流ちょうに英語を話せるというのは親としてのプライドをくすぐるものでもあるのでしょう。しかし、こどものくに幼稚園で子どもたちを見てきた教諭の目から見ると、こうした対応をしても得られるものは少ないというのです。

 

仮にこうした問題を起こさずにすみ、現地の学校に上手に適応できたとしても、数年後に日本に帰った子どもに残されるのはきれいに英語を発音できるという能力だけだといわれます。一方、きれいな発音を得る代わりに子どもはかなり多くの犠牲を払うことになります。ましてや、現地の学校に上手く適応できなかった場合にはなおさらです。

 

以前こどものくに幼稚園に通っていたある子どもは3歳頃に両親とアメリカに渡り、2年間を現地の集団保育施設で過ごしたという経歴の持ち主でした。この子どもが5歳でこどものくに幼稚園に通いだした時、幼稚園の教諭はその子どもの精神・言語に発達の遅滞が見られると感じたそうです。

 

具体的には、語彙の豊富さ、言語を使って自己表現をするときのやり方をはじめ、絵画や音楽などによって外界から受けた刺激に対し、同じぐらいの年齢の子どもが見せるような反応を返せなかったというのです。この子どもは全体的に見て、実年齢に比べて1年~2年ほど発達が遅れていました。

 

その子の様子を観察した幼稚園の教諭は、その子が同じ年齢の子どもたちの間に立ち交じっていっしょに遊んだり、他の子どもと体当たりでコミュニケーションをはかるような経験をすることができなかったのではないかと感じたそうです。

 

子どもはその年齢に応じ、自分と同じ年代の子どもたちの間で集団を作り、言葉や文化、社会のルールといったものの基礎を身につけていきます。つまり、この年齢の時にコミュニケーションをうまくはかることができなかった場合、成長にブランクが生じてしまって発達に遅れが生じてしまいかねないのです。

 

母国語の環境で育ってきた子どもが突然外国語の環境に放り込まれるということは、言葉だけでなく文化やその背景、社会のルールという面でもまったく異質な環境に放り込まれることを意味しています。そうなってしまうと、その子どもにとってはいままでにいろいろ習得してきたものがまったく使えなくなってしまい、周りの世界に対するコミュニケーション手段を失ってしまうことになりかねません。

 

人間が何らかの刺激を受けたときにどういった反応を返すかというのは、語彙の数や表現のやり方もさることながら、身につけてきた習慣や文化的な下敷きも重要な影響を及ぼしていますので、周りの世界とのコミュニケーション手段を失うことでそうしたものを身につけるチャンスを奪われてしまい、精神的な発達が遅れてしまうというわけです。

 

このように、母国語がまだ未熟な段階で極端な外国語学習を行わせることで問題が生じることもありますので、子どもに外国語を身につけさせようとするときにはそうした点にも留意しておくべきでしょう。

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