さいたま市を走行していたJR武蔵野線の電車内で、女子高校生に痴漢をしたとして、埼玉県迷惑防止条例違反の罪に問われた男性(36)の控訴審で、東京高裁は11月26日、無罪判決を言い渡した。「被害者の証言は信用できない」として、罰金30万円のさいたま地裁判決を破棄した。
報道によると、男性は2013年9月の朝、JRの電車内で女子高校生(当時16)の尻を触ったとして、起訴された。しかし東京高裁は「被害後、犯人の手をつかみ、離さないまま顔を確認した」とする高校生の証言が「犯人に手を抜かれ、離した」と変遷した点などを挙げて、「証言を全面的に信用した一審判決は誤りだ」と指摘し、男性は無罪だと判断した。
「痴漢えん罪」はたびたびニュースになっているが、なぜ繰り返されてしまうのだろうか。全国痴漢冤罪弁護団事務局長の生駒巌弁護士に聞いた。
●警察・検察・裁判所は「客観的な証拠」を重視すべき
「まず、痴漢事件、特に満員電車内での痴漢事件には、次のような『誤認逮捕が起きやすい特有な条件』があります。
(1)目撃者がほとんどいない
(2)周囲にたくさんの人がいるので、犯人を誤認しやすい
(3)被害者の女性による私人逮捕であることが多い」
たしかに、混雑しだいでは自分の身体がどうなっているのかわからないときすらある。しかし、最終的にはプロである警察や検察がきちんと捜査をしたうえで判断をするのではないか。
「残念ながら痴漢事件では、捜査機関は以前から『供述偏重の捜査』をしており、被害者が訴えれば、それ以上の捜査をきちんと行わないという体質があります。
これは本来とは逆の姿です。被害者が犯人を特定するのが難しい状況にあるのだから、本来、捜査機関は目撃者捜しや現場の状況の確保など、『客観的な証拠』をより重視しなくてはならないはずです」
それでも、裁判で有罪になるかどうかは、また別の話なのではないか。
「その通りです。しかしこれまでは裁判所も、被害者の供述を重視するあまり、被告人の弁解やそれ以外の客観証拠を軽視する傾向がありました。捜査機関と同様の判断をしてきたわけです。
そのような傾向に対し、最高裁が2009年4月14日に下した、いわゆる『名倉判決』は、控訴審まで有罪だった事件について、逆転無罪を言い渡した画期的な判決でした。最高裁はこの判決で、満員電車内での痴漢事件の特性をあげ、被害者の供述に偏重することなく、他の証拠をきちんと評価することの重要性を述べています」
6年前の最高裁判決後、事態は改善したのだろうか。
「残念ながら芳しくありません。その後の下級審の動向をみると、必ずしも、この最高裁の判断手法にはそぐわない、相変わらずの被害者供述中心の事実認定が行われる判決が後を絶ちません。それが、現在も痴漢冤罪が繰り返される大きな原因の一つになっています」
生駒弁護士はこのように話していた。