シャーロッテ・ツァインドルマイヤーさんは外国人に何の反感も持っていない。経営している衣料品店では、湾岸諸国から来る大勢の裕福な客にサービスを提供してきた。だが、ドイツ・バイエルン州の村ビンデン・アム・アイグンの住民たちを不安にさせたのは、村に訪れることになっている亡命希望者の数だった。人口800人のこの豊かな村のゲストハウスに、100人以上の亡命希望者が住むことになったのだ。
ゲストハウスから数軒先のコテージに暮らすツァインドルマイヤーさんは言う。「私たちは数について心配していました。800人の村に130人ですから。ガソリンスタンドを別にすれば、買い物に行く場所もありません。それに、もし大勢の若い男性が来たら、どうにかして忙しくさせておかないといけませんね」
村の住民からオンライン上で嘆願が集まった後、村に来る亡命希望者の数は67人に減らされた。それでも今月、放火事件が起き、ゲストハウスの離れが焼け落ちた。
難民を全国に割り振るドイツの政策は、今年の亡命申請の急増と相まって、ごく小さな集落にも見慣れない人たちをもたらした。
ドイツは昨年、欧州連合(EU)で最大数の亡命申請者を受け入れたが、他の欧州諸国と異なり、極右政党が選挙で成功を収めることはなかった。むしろ、難民数の増加への不安は、難民希望者の保護施設に対する襲撃という形で表出した。今年上半期には、ナチスのシンボルの落書きから建物の放火まで、難民収容施設に対する200件近い襲撃事件がドイツ当局に記録されており、昨年の175件から増加している。
■現場にかぎ十字の殴り書き
襲撃事件は主に、難民に割り当てられたが、まだ人が住んでいない宿泊施設に対するものだった。一部のケースでは、襲撃者がその意図を明確にしている。昨年12月、バイエルン州の町フォルラで65万ユーロ相当の被害をもたらした放火事件の現場には、ナチスのかぎ十字が殴り書きされていた。ドイツ中部のトレグリッツや北部のエシェブルク、西部のベトリンゲンでも襲撃事件があった。先週末には、ブランデンブルクの町に住む難民一家が目を覚まし、玄関先で燃料に浸された新聞紙が燃えているのを発見した。
難民に対する襲撃は、ドイツ人の多様性の受けとめ方に関する議論を呼んだ。地方自治体を代表するドイツ自治体連合は、一連の襲撃事件は――忌むべき行為ではあるが――関連性がないという。また、大勢の民間人は難民希望者を自宅に受け入れることを申し出ているという。
ドイツ当局は、難民希望者の保護施設の警備体制を見直している。内務省の関係者らは、亡命申請について決断を下すのにかかる時間も削減されたという。
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