『ありがとう』あふれる家庭になった理由
わが家に『ありがとう』があふれるようになったのには理由があります。
あるとき、食卓にお箸を持ってきた妻に「ありがとう」と言ったら、
「いちいち『ありがとう』なんて言わなくてもいいよ」
と微笑んで言われました。
(『ありがとう』を言わなくてもいいってどういうこと??)
理由を聞いたところ、自分の育った家庭は『ありがとう』を言わなかったし、私たちは家族なんだから言わなくてもいいよ、と言うのです。
私の育った家は妻の家庭と正反対。
母がお茶碗を食卓にもってくるだけで父が『ありがとう』を言う家庭でしたので、家族でも『ありがとう』を言うことは当然だと思っていました。
自分の価値観を否定されたような気がした私は
(それは違うだろ!)
と思わず言いたくなったのですが、妻の言うことを否定するのも何か違うような気がしたのです。(←このあたりが愛)
だからといって『ありがとう』を封印するのも嫌。
数秒間モンモンとした結果、こう伝えました。
「いいのいいの。オレが『ありがとう』を言いたいだけだから」
そうでした。
私は妻にありがとうを言ってもらいたいワケじゃないのです。
自分が言いたいだけ
でした。
自分の価値観と違うことを言われると、否定された気持ちになります。
でも、よくよく考えると、否定されているわけじゃない。
妻は良かれと思って「言わなくていいよ」と提案しているだけなのです。(←この解釈も愛ね(笑))
ですから、妻の考え方を変えようとはせず、私はそのまま『ありがとう』を言い続けました。
・・・・・
それから1ヶ月後。
夕食の食器を片づけたときに妻が「ありがとう」と言ってることに気付いたのです。そういえば最近・・・
私「最近『ありがとう』って言ってない?」
妻「最初はちょっと言ってみたけど、恥ずかしかったから嫌だった」
(恥ずかしかった!?それが言えないハードルだったの?全然気づかなかった…)
妻「けど、何度か言ってみたら気分が良かった。」
私「うん…」
妻「んで、3週間くらいしたら、普通に言えるようになった。」
私「へぇぇええ・・・」
人の変わる瞬間に立ち会えるって、とっても神秘的。
価値観の違う他人なのに年中一緒にいる夫婦ならではの、すばらしい体験でした。
そして、我が家には『ありがとう』があふれることになったのです。
妻を変えようとしなくて良かったと、しみじみ思います。
そもそも『ありがとう』なんて、押し付けるものではないですから(笑)
相手を受け入れることの大切さを気付かせてもらったのも、奥さまのおかげでゴザイマス!(タイトルコール(笑))