国立大学の文系見直しとは何なのか

榎木英介 | 病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー

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先週来、「役に立たない文系学部が潰される」というニュースが大きな話題となっている。

報道

教員養成系と人文社会科学系については「組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努める」とし、司法試験合格率が低かったり、定員割れが続いたりしている法科大学院も「組織の廃止や連合も含め、抜本的な見直し」を求めた。

出典:国立大:教員養成など見直しを 下村文科相が通知

この通知をめぐって、様々な意見が飛び交っている。

社説

その他

まさに侃々諤々という感じだが、そもそもの通知とはどのようなものなのだろう。もとの文章をあたってみた。

国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)

これは文科省国立大学法人評価委員会の議論を元に出された通知だ。議論の過程はこちらから読める。

私自身まだ議論そのものの経過を読んでいないが(議論の一部は春日匠氏のブログ参照→「国立大学人文社会科学系「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」という話」)、通知からいくつか引用したい。

この通知は、国立大学法人の第3期中期目標を策定する時期にあたって、

各法人が、一層の質的向上を図るため、自らの強み・特色や高い到達目標・実現手段・検証指標を明示した、戦略性が高く意欲的な中期目標・中期計画を設定することを要請

出典:国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)

したものだ。見直し内容は多岐にわたる。

【組織・業務全般】

○ 「ミッションの再定義」を踏まえた組織改革

○ 各地域における知の拠点として社会貢献・地域貢献の推進

○ 国境を越えた教育連携・共同研究の実施や学生の交流等、グローバル化の推進

○ 学長・機構長を補佐する体制の強化等、ガバナンス改革の充実

○ 年俸制・混合給与の積極的な導入など人事・給与システム改革の推進

○ 法令遵守体制の充実と研究の健全化

特に、国立大学法人について

○ アクティブ・ラーニングの導入等、大学教育の質的転換

○ 多面的・総合的な入学者選抜への転換

特に、大学共同利用機関法人について

○ 異分野融合・新分野創成に資する拠点機能の強化・研究環境の向上を図るとともに、大学の機能強化に貢献

【運営費交付金の配分方法】

○ 機能強化の方向性に応じた取組をきめ細かく支援するため、予算上、三つの重点支援の枠組みを新設

○ 組織の自己変革や新陳代謝を促進するため、学長・機構長のリーダーシップを予算面で強化

出典:国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)

話題になっている「文系学部廃止」は3ページに出てくる。

第3 国立大学法人の組織及び業務全般の見直し

各国立大学法人は、各法人の状況を踏まえつつ、この見直し内容等に沿って検討を行い、その結果を中期目標及び中期計画の素案や年度計画に具体的に盛り込むことなどが求められる。

1 組織の見直し

(1)「ミッションの再定義」を踏まえた組織の見直し

「ミッションの再定義」で明らかにされた各大学の強み・特色・社会的役割を踏まえた速やかな組織改革に努めることとする。

特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。

出典:国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)

確かに教員養成系学部や人文社会科学系学部の廃止や、「社会的要請の高い分野への転換」を求めている。これが「文系なんて役に立たないから、役に立つ学部に転換しろよこのヤロー」と文科省が言った、という根拠だ。

とはいえ、2ページでは

国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに当たっては、憲法で保障されている学問の自由や大学の自治の理念を踏まえ、国立大学の教育研究の特性への配慮や自主的・自律的な運営の確保の必要性等の観点に十分留意する必要がある。

出典:国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)

としており、最初の文章も「積極的に取り組むよう努めることとする」と、やや弱い表現をつかっており、さすがに「文系」即「廃止」ではないとは思う。通知のほかの部分には、研究不正への対応や若手研究者の問題なども取り上げられており、ここだけ取り上げて極論を言うのは、先走り過ぎというものだろう。

しかし、予算配分権を握る政府、文科省からこうした通知が出てきたことの重みはやはりある。国立大学が法人化してはや11年たつが、文科省の要求は厳しさを増す印象がある。

様々な意見を見ると、論点が様々だ。

人文社会科学系の教育に役立つものがなかった、という意見、人文社会科学系の研究のレベルが低いのではないか(いや、そうではない)という意見、人文社会科学系の知識や教養が社会に必要とされていないわけではない、役に立つとはそもそも何なのか、という意見などだ。

こうした論点は整理しないといけない。

現在の大学の学部レベルでの教育に様々な人たちから不満があるのは周知の事実で、「飯を食っていく」知識や考え方を教えろ、という要求はよく分かる。とはいえ、学部レベルの知識など数年で陳腐化してしまうので、どうやって「飯を食っていく」知識を教えるのかは難しい問題だ。また、「飯を食って」いけなければ「役立たない」というわけではない。

「反知性主義」が問題となるなか、教養教育の重要性は増していると思われる。とはいえ、それは国立大学法人だけで行うべきことか、という問題がある。日本の大学の7割は私立大学だからだ。

研究レベルの問題は難しい問題だ。人文社会科学系に「インパクト・ファクター」のような客観的指標はない。何をもってレベルをはかるのかは簡単ではない。だから、理工系と比べるな、というのは分かる。しかし、非常勤講師が悲惨な状況に置かれたままで、論文がまったくでていない教授がいる、といった話はあるので、フェアな評価や若手の抜擢などの組織改革は必要だ(けれど、人文社会科学系を廃するとは違う論点ではある)。

いずれも重要な論点で、考えていかないといけない。通知イコール「文系廃止」と脊髄反射するのではなく…

榎木英介

病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー

1971年横浜生まれ。元理科少年。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。兵庫県内の病院勤務を経て、現在近畿大学医学部病理学教室医学部講師。病理医として日夜働くと同時に、若手研究者のキャリア問題や、医療のあり方を考える活動を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。近著は「医者ムラの真実」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「嘘と絶望の生命科学」(文春新書)ほか

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