フェイスブックの「コンテンツ抱え込み」はメディアにとって悪魔の誘いか
コメントする03/29/2015 by kaztaira
ニューヨーク・タイムズの23日付のスクープ記事で、業界周辺はちょっとした騒動になった。
14億人のユーザーを擁し、メディアへの最大のトラフィック供給源であるフェイスブックが、メディアのコンテンツを自社サイト内に直接抱え、代わりにそれによる広告収入をメディアとシェアする、という内容の交渉を進めているのだ、という。
プランは数カ月以内にスタートし、当初の提携先としてニューヨーク・タイムズ自身に加え、バイラルメディアのバズフィード、ナショナル・ジオグラフィックの名前が挙がっている、という。
新旧メディアを巻き込んだ新局面に、「ファウストの契約(悪魔との契約)」との表現も飛び交っている。
●駆け寄ってくる大型犬
ただ、このスクープ記事は初出というわけではなかった。
フェイスブックのこの動きについては、2月に急逝したタイムズの名メディアコラムニスト、デビッド・カーさんが、すでに昨年10月の記事で大筋を伝えていた。
カーさんは、その記事の中で、フェイスブックを「駆け寄ってくる大型犬」にたとえて、こう述べている。
(メディアにとっては)遊びたがっているのか、食いつこうとしているのか、その判別がほとんどできない。
メディア側の雰囲気を、うまくとらえた言い回しだ。
フェイスブックがメディアのコンテンツを直接抱え(ホスティングし)たがる理由について、カーさんの記事でも、今回の記事でも、特にモバイル環境におけるページの応答時間のことを挙げている。
現在は、記事の見出しやサマリーをフェイスブックに掲載し、リンクによってメディアサイトの記事本体を呼び出すのが一般的だ。
だがこれだと、記事表示に平均8秒かかってしまうという。
ミリ秒単位でユーザーをつなぎとめる施策にしのぎを削るフェイスブックとしては、コンテンツを自社側に抱えることで、この表示時間を短縮したいのだ、という。
ただし、これではメディアサイトに貼っている広告の収入減にしかならない。
そこで、フェイスブック上で、抱え込み型コンテンツに隣接して表示する広告の収入をシェアする、という提携内容にしているようだ。
とはいえ、「駆け寄ってくる大型犬」への不安感は、そう簡単にはぬぐえない。
●AOL、ソーシャルリーダー、そして
カーさんの記事でも指摘していることがだが、プラットフォームがメディアのコンテンツを抱え込む、という取り組みは、これが初めてというわけではない。
古くはAOLがメディアにコンテンツ提供を求めた事例があるが、メディア側に特段のメリットはもたらさなかった、との総括になっている。
また、フェイスブックを舞台にした過去の施策でも、今や懐かしい「ソーシャルリーダー」というアプリがあった。
これは、ワシントン・ポストやガーディアンが、アプリの形でフェイスブック上に「出店」を置き、ユーザーは〝友達〟がどんな記事を読んでいるかがわかる、というものだった。
当初は新しい取り組みとして注目を集めたが、使い勝手の悪さや、「〝友達〟が読んでいるニュース」のお知らせがうるさい、など不評が重なり、両社とも2011年のスタートから1年後には撤退してしまった。
●「分散型コンテンツ」戦略
そんな歴史を踏まえての、今回の「コンテンツ抱え込み」提携話だ。
ここで新しいのは、「分散型コンテンツ」戦略という新潮流の登場が背景にある点だ。
「分散型コンテンツ」については、スマートニュースの藤村厚夫さんが詳しく,まとめているが、その大枠を紹介しておきたい。
この言葉が注目を集めたのは昨年8月、バズフィードがベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロヴィッツ」からの5000万ドル(約60億円)の資金調達を発表した時だ。
この発表の中で、バズフィードは20人からなる新部署「バズフィード・ディストリビューティッド(分散型バズフィード)」の開設を明らかにした。
この部署は、タンブラーやインスタグラムといった、バズフィード以外のプラットフォーム向けにオリジナルコンテンツを作成し、バズフィードの配信規模の拡大を目指す、とされていた。
ソーシャルメディアなど外部のプラットフォームから、自社ホームページのコンテンツに向けて集客し、広告を見せて収益につなげる。それがこれまでの一般的なモデルだ。
だがバズフィードは、コンテンツそのものを外部プラットフォームに分散配置してしまうというのだ。
その目指すところは何なのか? CEOのジョナ・ペレッティさんが、今月16日付の「リコード」のインタビューで「分散コンテンツ」戦略を解き明かしている。
その中で、ペレッティさんは、今年1月のこんなデータを挙げている。
ツイッター、ピンタレスト、フェイスブックからバズフィードに流入したのは合わせて4億2000万ページビュー。それに対して、この3つのソーシャルメディア上でのバズフィードの表示回数(インプレッション数)は、180億回だった――。
ポイントはバズフィードの収入基盤が、ソーシャルメディアでの拡散や共有を活用するコンテンツ型広告「ネイティブ広告」だという点だ。
バズフィードの「ネイティブ広告」戦略の核は、拡散と共有による露出の最大化だ。
重要なのは、コンテンツがバズフィードにあるかどうかではなく、どれだけ多くの目に触れるか。
コンテンツを、多くのユーザーを抱えるフェイスブックなどの外部プラットフォームに最適化していくことは、バズフィードにとって理にかなっている、ということのようだ。
●「ファウストの契約」
ただ、当然のように、メディアに対する警戒警報は各方面から鳴らされた。
これは「ファウストの契約」ではないか、というのが、多くの指摘した論点だった。
グーグルやフェイスブックのアリゴリズムの変更のたびに翻弄されるサイト運営者や、アマゾンとの攻防に拳を握る出版社――。
巨大プラットフォームにビジネスの主導権を握られるリスクの事例は、枚挙にいとまがないからだ。
最も身近な疑問の声は、まさにこのスクープを報じた当事者、ニューヨーク・タイムズからあがった。
AOL出身の読者開発部アソシエートディレクター、マット・ユーロウさんだ。
ユーロウさんは「メディアム」に投稿したブログで、アップルのオンライン音楽配信「アイチューンズ」を例に挙げ、短期的にはレコード業界にも収入をもたらしたが、長期的には業界全体の凋落をまねいた、と指摘。
そして、こう述べる。
これはパブリッシャー業界におけるアイチューンズの瞬間だ。そして私たちは失敗へと向かっているのではないか、と懸念している。
主立ったメディアウオッチャーも、軒並みこの件を取り上げている。
シリコンバレーの地元紙、サンノゼ・マーキュリー・ニュースの元コラムニストでアリゾナ州立大ジャーナリズムスクール教授のダン・ギルモアさんは、こう言う。
報道機関は、自らの未来をフェイスブックに引き渡す用意ができつつある。どうしようもなく近視眼的な〝戦略〟だ……
突如閉鎖されたテックメディア「ギガオム」 のメインライターだったマシュー・イングラムさんは、ヤフーで論評。
「コンテンツ抱え込み」に乗れば、表示速度は速くなり、ニュースフィードでも優先的に表示されるという恩恵はあるだろう、と一定の評価はする。
ただ今のところ、どのコンテンツがお薦めされるか―あるいはされないか―という詳細は、フェイスブックの完全なコントロール下にあるのだ。
ニーマン・ジャーナリズムラボ所長のジョシュア・ベントンさんは、「ニーマンラボ」で、目指すビジネスモデルによるメディアへの得失を読み解いている。
その中で、バズフィードのようなアクセスの規模重視、ネイティブ広告モデルでは、露出を目指す戦略は合理的だとし、ニューヨーク・タイムズのような、限定読者への課金モデルとは、建て付けが違う、と整理する。
かつて全米第2位の新聞チェーンだったナイトリッダー出身のケン・ドクターさんも、やはり「ニーマンラボ」に寄稿。新聞の規模拡大戦略、という視点から読み解いている。
ドクターさんによると、ポイントの一つは、ワシントン・ポストが昨年打ち出した地方紙のネットワーク化戦略だ。
全米120の地方紙、20万を超える読者が、電子版でワシントン・ポストの記事が読めるというもので、同紙にとっては読者の規模拡大への布石となるものだ。
ニューヨーク・タイムズも、若年読者の獲得に向け、「NYTナウ」などのモバイルアプリを投入しているが、成果は芳しくない。
その規模拡大の可能性はフェイスブックにはある、とドクターさん。
タイムズの課金モデルとの整合性をどうするか、が問題になるが、「選択的分散」が解になるのではないか、と見立てている。
つまり、すべての課金コンテンツを無料でフェイスブックに出すのではなく、戦略的に選択するバランスの問題だ、と。
ロイター出身のジャーナリスト、フェリックス・サーモンさんは、やはり批判的。
どこが配信したニュースか、というメディアのブランディングが気にされなくなり、記事が表示されるかどうかは、中身のわからないフェイスブックのアルゴリズムに左右されることになる、とリスクを強調する。
これに対して、一定の留保つきで評価する向きもある。
ニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクール教授のジェフ・ジャービスさんは、「読者が来るのを待っているのではなく、読者のいるところに出て行く、というのはまったく正しいアイディアだ」としながら、ポイントは読者を知るためのデータをきちんと握れるかどうかだ、と指摘する。
フェイスブックと交渉中のパブリッシャーへのアドバイス。(読者の)データ抜きに話を進めてはいけない。データ付きなら、OKだ。
「サーチエンジン・ランド」のジョン・バッテルさんも、「読者のデータにアクセスできるかどうか」がカギだ、と述べる。
●すでに始まっている
外部プラットフォームにコンテンツ本体を置く(ホスティングする)という取り組みは、すでに様々ところで始まってはいる。
特にフェイスブックは年明けから、動画のホスティングをメディアに強く呼びかけており、「ヴォックス」がオバマ大統領との単独インタビュー動画を掲載するなどの事例もある。
また、若者に人気のビデオチャットサービス「スナップチャット」は、1月にニュース配信のセクション「ディスカバー」を開設。
CNNやデイリー・メール、ヤフーニュース、ヴァイス、フュージョンなどのメディアがオリジナルコンテンツを配信しているほか、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなども専用チャンネルを開設している。
CNNやデイリー・メール、ヤフーニュース、ヴァイス、フュージョンなどのメディアがオリジナルコンテンツを配信しているほか、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなども専用チャンネルを開設している。
さらにこのタイミングで、ワシントン・ポストとフリップボードの提携話が明らかに。
メディアサイト「ジャーナリズム.co.uk」によると、来年の米大統領選の特別コンテンツをフリップボードに配信するとしており、この中で、デジタルニュース担当のエクゼクティブ・プロデューサー、コーリー・ハイクさんは、今のところ具体的な計画はないとしながら、こう述べている。
どのような可能性も排除しない、という世界に私たちはいる。いかなる選択肢、あらゆる選択肢を追及したい。
【追記】イングレスのアノマリー京都「証人」では、イングレス東海のエンライテンドの皆さんに、大変おせわになりました。ありがとうございました。
———————————–
※このブログは「ハフィントン・ポスト」にも転載されています。
Twitter:@kaztaira