多くのガンが「不運」によって発生するとしたScience論文、専門家からは批判が噴出
昨日、Science誌に「多くのガンは “不運” によって発生する」としたショッキングな(?)論文が掲載されましたが、その内容について、一部の専門家の間から批判の声が挙がっています。
内臓や筋肉などといった生物の組織は、内部の細胞(幹細胞)が分裂を繰り返すことで成長/再生を継続的に行っています。この細胞分裂に合わせて、DNA内に格納されている遺伝情報は順次コピーされてゆくのですが、その際にエラーが生じ、修復されないままの状態が続くと、正常な細胞がガン細胞へと変化してしまいます。
こうしたDNAの複製エラーは、放射線や喫煙などの環境/人為的要因によるものと、自然発生的に起こるものとに大別されますが、それぞれのケースが、様々なタイプが存在するガンにおいてどの程度寄与しているのかといった事については、これまで詳しく調べられていませんでした。
ジョンズ・ホプキンス大学のCristian Tomasetti氏らは今回、人間の体に発生する31種類のガンについて、それぞれのガンが生じる組織の幹細胞が分裂する平均回数と、一生のうちで当該のガンにかかる統計的リスクとの相関を調査。その結果として、「環境的要因もしくは遺伝的な素因によって生じるガンは全体の3分の1程度に過ぎず、残りの3分の2は “不運(bad luck)”、すなわち正常な幹細胞がDNAを複製する過程においてランダムに発生する変異が原因である」としています。
この結論を文字通りに解釈すると、喫煙や放射線への暴露、あるいは食品の安全性管理などといった外的要因を排除できる可能性はわずか30%程度に過ぎず、残りの60%については主体的なコントロールが不可能な「運任せ」であるということになります。
▼幹細胞の分裂回数と発症リスクとの相関を示すグラフ。両対数軸になっていることに注意。
こうした研究結果を受けて、「がんの原因は遺伝や環境でなく “不運” である」とした報道が国内外で広く展開されましたが、現在、この論文およびその内容に基づいた報道ついて、一部の専門家から厳しい批判が相次いでいます。
例えば、マサチューセッツ工科大学コッホ研究所に所属する生物工学の専門家Aaron Meyer氏は、自身のブログの中で、論文の結論はデータ解釈および数学の基礎に関する誤解に基づいたものであるとしており、論文中に掲載されているデータだけでは、前述のような結論に達することはできない、と指摘しています。
また、生物統計学を専門とするBob O’Hara氏らは、”Bad luck, bad journalism and cancer rates (不運、悪しきジャーナリズムとガン発生率)” と題した記事を英紙guardianに寄稿し、その中で「ガンの発生率と細胞の分裂回数との間には関係が見られるが、このことは細胞分裂(によって生じるエラー)を原因とするガンの割合について何ら意味をなすものではない」とし、当該論文の内容は誤った解釈によって得られた結論であると述べています。
両者の他にも、この研究結果を基にしたScienceニュース記事のコメント欄には、データ処理の稚拙さを指摘するコメントや反例(例えば、脳内に発生する膠芽腫と髄芽腫では組織の幹細胞の分裂回数が同程度であるにもかかわらず、前者のほうが発生数は約10倍も高くなる)を紹介する書き込みが多数寄せられています。
▼Scienceニュースの記事に対するコメントの例。厳しい指摘が数多く投稿されている。
これらのようなデータ解釈に関する疑問のほか、今回の調査対象では、男性では二番目に患者数の多い前立腺がんと、女性の中で最も患者数が多い乳がんが除外されていることから、モデル自体の妥当性を指摘する意見も散見されます。
「ガンにかかるのはその人の運次第」という文言自体は極めて直観的であり、小難しいことを考えずとも受け入れやすいものではあるのですが、そうした主張が真に科学的妥当性に基づいたものであるのかといったことについては、もう少し様子を見たほうが良いかもしれません。
[Tomasetti and Vogelstein, 347 (6217): 78-81] [Science News] [guardian]
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著者
企業の研究所でR&D業務に携わっておりましたが、2013年4月をもって退職し、当サイトの専属となりました。ソース明示とポイントを押さえた解説を心がけてゆきたいと思います。
スティーブジョブズとかは、完全に不運だったんかな。いうても一応はヴィーガンなら(ビタミンB12不足によるものとかもあるだろうけど)リスク高い生活ってわけでもなさそうだけど。
彼の場合は治る病気を治る方法で治さなかったせいで死んだので、自己責任です。
因果と相関の区別
確率的事象に対する捉え方(リスク論など)
マクロ的事象とミクロ的事象の区別
この辺取り違える人おおいよな
報道機関なんて特に
Science誌のこの論文のレビユーワー何しとつたんや・・・
複製エラーが一定の確率で生じるとするなら、コピーの数が増えるほどガンが発生する可能性が高まるのは自明の理なので、そのことをデータで示しましたよ、という点では意義のある論文ではないかと。
ただ、「偶発的なエラーの影響」と「環境や遺伝etcの外的要因による影響が低い」という二者をアンドで結んだ結論として「不運」という表現を使っているんだと思うけど、後者に関しては提示されているデータだけではどう考えても説明できないので、そこの部分で論理にジャンプが生じているかな、という印象です(間違ってたら誰か突っ込んで)。
確率論なら組織の量にも比例するよね。
まあ思ったのは、ガンの発生を止める効果的な処方箋の一つはDNA複製ゼロか複製エラーゼロにすることか。
無理すな
ガンの理由なんてほぼ後付けの推測でしかない。他の病気と違って細胞の突然変異だから直接的原因はない。それを踏まえると不運という論理は有りだと思う。でもこの結論だとガン研究利権が吹っ飛ぶからみんな困るよね(笑)