「eポリティックス:政治と社会のかかわり」と題したセミナーが、7月29日に米国政府広報機関である東京アメリカンセンター主催で開催され、参加する機会がありました。
ゲストスピーカーは、アメリカから来日中のアリ・ウォラック氏。シンセシスという会社の創立者兼マネジング・パートナーで、NPO、選挙候補者、企業等のクライアントに対し、ソーシャルメディアを活用したキャンペーン活動等を行っている方です。
今回のお話は、ウォラック氏が共同創設した「ユダヤ人教育研究協議会」(Jewish Council for Education & Research)が取り組んだ事例~「グレート・シュレップ (The Great Schlep)」(「偉大なる旅」の意味)、オバマ候補を大統領に当選させるために、ユダヤ人若者層に彼らのフロリダ在住の祖父母を訪れ、オバマ候補に投票するよう説得してもらう、というキャンペーン~が主な題材でした。
「大統領選挙での大きな票田となっているフロリダには、定年退職した高齢のユダヤ人が多く住んでいて(*CNNの記事によると推定で65万人)、その規模は小さいものの、最終的な大統領選結果に非常に強い影響力を持っています。
なぜなら無党派層の多い激戦区にあって、彼らの投票率は平均95%を誇るからです。また、選挙期間中には”オバマ候補がイスラム教信者であり、反イスラエル的な政策を掲げている”という誹謗中傷キャンペーンが絶え間なく行われていて、特にフロリダでは劣勢に立たされていたのです。」
「そこで、私はオバマ候補を当選させるために、2008年秋に「グレート・シュレップ」というキャンペーンを始めました。ユダヤ系若手人気女性コメディアンのサラ・シルバーマン氏を起用、製作費わずか5000ドル(約43万円)で動画メッセージを作成、Youtube等の動画共有サイトを利用してホームページに掲載したのです。
そのメッセージは、「フロリダに隠居する祖父母を訪れ、オバマへの投票を説得しよう!」というものでした。保守的でオバマ候補への誹謗中傷キャンペーンを信じ込んでいた彼らの祖父母も、身近な存在で、信頼できる、そして何より愛している存在の孫の声ならば耳を傾けるはず、という戦略でした」
「グレート・シュレップ」のサイトによると、結果は驚くべきもので、キャンペーン動画は選挙期間中に2500万回も閲覧され、ニューヨークタイムズ、CNN、ABC、BBC等、あらゆるメディアに取り上げられました。
フェイスブックのコミュニティにも2.5万人が登録、クチコミで多くの若者がこのキャンペーンを話題にしたのです。
「若い世代が自分の祖父母が住むフロリダを訪れたり、電話をかけたりして、オバマ候補に票を入れることが如何に重要かを説く、という行動が実際に起こったのです。
「トーキングポイント」と呼ばれるオバマ候補の経歴や公約について分かりやすくまとめられている「あんちょこ」のドキュメントも1200万回もダウンロードされ、その項目を見ながら支持を訴えたのです。
結果、当初劣勢にあったオバマ陣営は、マケイン候補を破る結果となりました。『グレート・シュレップ』が直接果たした役割は未知数ですが、キャンペーンは予想をはるかに超え、インパクトを与えたと言えます」
2009年6月に開催された世界的な広告イベント、「カンヌ広告祭」において、「グレート・シュレップ」が3部門の受賞を果たしたことからも、与えたインパクトは小さくなかったと言えます。広告祭での出店作品情報によると、フロリダ州での得票率は「51対49」で17万票の僅差での勝利でした。
またオバマ候補はフロリダ州のユダヤ人有権者からの得票率ににおいて、過去30年で最高である、78%を獲得し、最終的な大統領選での勝利が可能になったと記されています。
今回のセミナーに参加して、ネット選挙が解禁されていない日本での状況と比較した際、アメリカでの想像を超えるスケールでのソーシャルメディア活用に驚きを隠せません。それは例えば、アメリカでは動画共有サイト、フェイスブックで展開したことが大手テレビ・新聞を経由して世代を超えた層に対して大きな影響力を与えている点です。
この点、日本ではネットとマスメディアでの論調はかなり異なります。ネット上の意見は少数派で社会にインパクトを与える水準にあるとは言えません。多民族国家のアメリカの場合、誰が誰の利益代弁者かが比較的分かりやすいですが、日本の場合は複雑であり、また公の場所でそうしたことがあまり議論されていないのが現実です。
「ソーシャルメディアを日本社会、政治で今後どのように活用していくのか?、その必然性は?」 「機運高まるネット選挙実施にあたり、メリット、デメリットは何か?」
こうした質問に、日本に馴染む形で答えを見出さなければいけない時代がすぐそこまで来ているのではないか、と感じます。「これはアメリカの話だから」で済ますことが出来ない時代が近づいています。