ちょうど1年くらい前、友人たちとのお気楽な集まりでお気楽なプレゼンテーションをする機会があった。
その時私は、憧れていたTED風プレゼンテーションにチャレンジした。
大きなスクリーンの前にスピーカーが立ち、身振り手振りを交えながら聴衆、じゃなくて、オーディエンスに語りかけていくTED風プレゼン。オーディエンスからの質問の時間はない。双方向のコミュニケーションではない、いわゆる“劇場型プレゼンテーション”である。
これがカッコいい。そりゃもう、やってみたい。どんなにくだらない内容でも、これならカッコいいことを言っているように聞こえる気がする。
ということでチャレンジしてみたのである。
その経験で学んだ(?)TED風プレゼン初心者の心得みたいなものをここに書きたいと思う。
まず初めてTED風プレゼンをやる場合は、TED風口調の『完全台本』を用意することをオススメする。
(偏見だったらごめんなさいだが)私のように日本的なプレゼンの世界で生きてきた多くの人にとって、身振り手振りを交えたTED風トークをアドリブでやるのはそう簡単ではない気がするので、台本に従ってスピーカー役を演じるというのが一番確実だ。劇場型プレゼンは途中で質問が挟まることもないのでそれが可能である。
台本ができたら、まずはとにかくそれを完璧に覚える。プレゼンの最中にメモなど見ようものならTED感はDEADなので、ここはなんとしてもスラスラ唱えられるくらい全暗記する。そして、カッコいいスピーカーになりきって、身振り手振り、さらには視線を操りながらしゃべる。当然だが、ここで役に“なりきる”ことに照れてはいけない。スティーヴ・ジョブズ(とか自分の好きなTEDスピーカー)のプレゼンのイメージを頭に思い描きながらしゃべるとよいだろう。完璧を求めるならば、繰り返し練習することが必須である。
つたないが、私がやったプレゼンの内容(台本)は↓こんな感じだ。
以下、スライドの下にプレゼンテーションの『台本』を青字で記載する。
【No.1】
『天才』
みなさんはこの言葉についてどう考えますか?
特別な才能を持って生まれた人、そんなイメージでしょうか?
かの偉大な発明家トーマス・エジソンはこんな言葉を残しています。
「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」
天才というと、ともすれば「努力しなくてもデキる才能を持っている人」と受け止められがちですが、エジソンの言うように、世の“天才”と呼ばれる人々のほとんどが、その裏で想像を絶するほどの努力をしているのが実際でしょう。むしろ努力を続けられることそのものが、“才能”であると言っても過言ではないかもしれません。
しかし、この世の中でたった一つだけ、努力を必要としない、いや、むしろ努力をしたら台無しになってしまう“才能”というものがあります。
なんだと思いますか?
というわけで、まず導入である。私はこの“導入”がかなり大切だと思っている。ここでグッと聴衆、じゃなくてオーディエンスを引き込まなければならない。「お、こいつなんかカッコいいこと話し出しそうだな」と思わせなければならない。
私が考えるいくつかの大切なポイントを挙げると、↓こんな感じである。
①スライドはシンプルイズベスト
単語ひとつとか、1枚の画像のみとか、情報量は少なくインパクトは大きい、そんなスライドがよいと思う。TED風プレゼンは“話術”で魅せるプレゼンであることを忘れてはいけない。
②話し方のスピードに緩急/言葉に強弱をつける
上記の台本(青字)で改行を入れたところは、間をとるところ。空行はさらにたっぷりめの間をとるところ。逆に改行なしの文章の塊は、一気に勢いにのって話す部分である。
また文字では表現が難しいが、強調したい言葉はゆっくり大きめに、前のめりな身振りをつけたりしながら話す。
この話し方のスピードの緩急/言葉の強弱が、オーディエンスを飽きさせない要素となるし、これがあるのとないのとでは滲み出る“TED感”が全く違う。
このしゃべりの緩急/強弱についても、台本を書く時点、もしくは練習の時点できちんと決めて、モノにしておく方がよいと思う。
③問いかける
とにかくオーディエンスに問いかける。オーディエンスが少し頭をつかう時間を取るのも、飽きさせない策の1つになると思う。
大丈夫。TED風プレゼンなら、予期せぬ答えが返ってきて対応しなきゃいけない、ということもない。
④倒置法とか偉人の名言とか小賢しい手を使う。
これで、賢そうに見せる。
大丈夫。TED風プレゼンなら、それも嫌味じゃない。
⑤つかむ
オーディエンスの興味をグッと引く導入で心をつかめるなら、小話もムダではない。本題へに導く効果的な“つかみ”は、工夫のしどころだと思う。
と、いうわけで、プレゼンの続きを下記に羅列する。
【No.2】
それはこれです。
「ニート」でい続ける才能です。
「なんだ、そんなことに才能なんていらないじゃないか」と思ったあなた。
それは大きな認識の誤りです。
おそらく私の予想だと、ここにいる皆さんの8割以上の方は、長期間ニートでいつづけることは難しいでしょう。それは、経済的な意味ではなく、素質・才能的な意味で、です。
長期間ニートでいつづけるためには、それくらい、希少な才能が必要なのです。
その才能の有無は、大きく3つの質問で、おおまかに測ることができます。それではこれから、みなさんのニートの才能を測ってみたいと思います。
これから私が問いかける3つの質問にすべて「Yes」と答えられる方は、ニートでいつづける才能を持っている可能性が非常に高いです。
逆に1つでも「No」がある方は、残念ながら才能に恵まれていないかもしれません。
それでは早速はじめます。
ここで一気に話はくだらなくなるが、この意外性にむしろオーディエンスは釘付けである(と思い込む)。
ここではプレゼンテーションや文章の技法としてよく語られる「数を先にいう」を使った。「3つの質問で測ります」というやつだ。この道標を先に示しておくことで、オーディエンスが聞きやすくなる。
さらに、「あなたのニートの才能を測る」という体にして、こちらから情報を提示するというよりはオーディエンス参加型感を醸し出している。実際はこちらからの情報の提示なのだが、こういう立て付けにすることで、オーディエンスがより楽しめるような気がする。
【No.3】
まず1問目。
「あなたは仕事がきらいですか?」
非常にシンプルな質問です。
ここで、私の姉のエピソードを共有したいと思います。
少し前に姉が急病で入院した際、「今は仕事のことを忘れてゆっくり休んで」と家族が声をかけると、姉はこんな風に答えました。
「私にとっては社会に貢献しないでただ寝ているという状況の方がストレスだから、病院で仕事をさせてくれ」と。
みなさん、お気づきかと思いますが、私の姉はニートの才能が皆無です。
人は誰しも少なからず、向上心や承認欲求、また、社会に貢献したい・人の役に立ちたい、という欲求を持っているものです。
しかし、それに勝るほどの、怠けたいという揺るぎない強い思い、何もしたくないという確固たる意志をあなたは持ち合わせているでしょうか?
それを持っていないのなら、残念ながらあなたのニート生活は1ヶ月以上は持ちません。
もしかしたらここにいる皆さんの半数以上はここで脱落したかもしれませんね。
【No.4】
さて、2問目です。
「あなたは、家にこもって無限に時間をすごせますか?」
皆さんご想像の通り、ニートには有り余る時間があります。
しかし、それ以上に忘れてはいけない大切なことは、収入がないということです。
つまり、よっぽど特殊な額の貯蓄や不労所得がない限り、お金を使わずに有り余る時間を過ごすことができる素質が必須です。
旅行や買い物、おしゃれなカフェ巡りに優雅なアフタヌーンティー。そんな時間を過ごせればいくらでもニートでいられる。
そう思っていたあなた。残念ながら、預金残高が光の速さであなたを再就職に誘うでしょう。
最低限必要な家賃・光熱費・食費、そしてインターネット料金と、NHK受信料。これらのみで長期間、楽しい時間を過ごせることが望ましいと言えます。
暇でつらいな〜と思った瞬間、あなたのニート生活は破綻を迎えるのです。
もしかしたらここでも何人かの方が脱落したかもしれませんね。
【No.5】
それでは最後の質問です。
「あなたは、大物ですか?」
もしくは、「あなたは、将来大物になりますか?」
この質問は少しわかりにくいかもしれませんね。
当然ですが、ニートは働いていません。
つまり、自分の周囲の友人たちや、一般的な同世代の人々とは異なる状況にあるということです。
この事実は、気まずい場面を多々引き起こします。
おしゃべりな美容師さんに「お仕事何されてるんですか?」と聞かれます。
平日近所の人に会えば「今日はお休みですか?」と尋ねられます。
多忙な友人たちからうらやましそうに「好きなことできる時間があっていいなあ」と言われても、特に何もやっていません。
しかし、こういった一つ一つの出来事を必要以上に気にして、自分自身を責め始めてしまうと、それは精神衛生の崩壊につながります。
健康で楽しく持続可能なニート生活には、
「自分、大物すぎて組織とか向かないんだよね」であったり
「今は、ビッグになるためのただの充電期間なんで」
という、大いなる勘違いが必要です。
たとえば、こんな事例を見たことがあります。
とある有名な大物文化人が、「深呼吸は大切だ」とコラムに書いていました。
それを読んだある人物は言いました。
「私もこの文化人と同じようにいつも深呼吸している。きっと私は大物になる」と。
すばらしいです。
この、全く根拠が無い、明るい展望。
これにより、あなたはどんなに気まずい質問にも自信を持って答えられるようになります。「今は働いてません」と。
「“今は”働いていない」という意識が「永遠に働かずにいられる」という精神構造を創りあげるのです。
さて、3つの質問、いかがでしたか?
すべて当てはまる方はいらっしゃいましたか?
もしかしたらここにいる多くの方が、自分にはニートの才能がないということを悟ってしまったかもしれません。
しかし、悲観することはありません。
残念ながらニートの才能を持ち合わせないみなさんに、希望に満ちたメッセージをお伝えして、本プレゼンテーションを締めさせていただきます。
【No.6】
安心してください。
【No.7】
それでいいんですよ。
以上がプレゼンテーションの全てである。
(注:とにかく明るい安村さんが流行した年だった)
見ていただいて分かる通り、スライドの内容に対して喋っている量が多い。このプレゼン、スライドの準備は5分ほどで終わる。時間をかけるのはそこではなく、台本の作成と、しゃべり(抑揚や緩急・動きの付け方)の練習の方になる。
繰り返しになるが、話術で魅せるプレゼンなのだ。
やってみた感想は、緊張したけど、楽しかった。
大学・企業とプレゼンの場数を踏むうちに、「プレゼン=スライドの準備」みたいになっていたが、そんな考えが逆転した感じがした。
TED風プレゼン、機会があったらぜひ。