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真顔日記

三十六歳女性の家に住みついた男のブログ

人をダメにするソファを買うまでもなく!

同居人女性との日々

三十六歳女性が「人をダメにするソファ」に興味を示している。正式名称は知らないが、この呼び名で有名なものである。私も聞いたことがあるんだから相当だろう。

「買おうよ、あんた五千円だけ出してよ、残りはあたしが出すから」

人をダメにするソファはそこそこの値段がする。一万五千円くらいだろうか。そのうち五千円を出せば共用にしてやるということだ。あんたもあたしもダメになれるというわけだ。非常にウキウキしている。早急にダメになりたいんだろう。しかし私は乗り気ではなかった。

「なんなの、もうダメになってるから?」

三十六歳女性は真顔で言った。誰がダメになっているんだと言い返したら、スッと指をさされた。ここまでストレートに来られると反論する気も失せる。

私がダメになっているからではない。五千円をソファに使う前に、色々と買わなきゃならんものがあるのだ。私は長いこと金のない生活をしているうえに、性格も無精なものだから、さまざまな持ち物にガタがきているのである。

たとえば財布、これはもう十年以上使っている。完全にボロボロである。2009年の時点で「それボロボロですね」と人に言われたと記憶している。なのにさらに七年たった。完全にボロボロの向こう側に突入している。もっとも、ボロボロの向こう側もボロボロである。

この財布は大学生のときに買った。わりと正確に時期を覚えている。というのは、人生ではじめて行ったクラブイベントで、バーカウンターに寄りかかり、友人に「俺、ポールスミスの財布買ったんだぜ」と自慢したのを覚えているからだ。

大学生になって、はじめてクラブに行き、慣れない酒に酔いながら、ポールスミスの財布を自慢する。いま思い出すとニヤニヤする。こいてる。完全に、調子、こいてる。

「見ろよ…あいつ…こいてるぜ…」

「何を…?」

「調子を…」

唾を飲み込む音まで聞こえてきそうだ。

というふうに、自分の人生でも指折りの調子こきエピソードとして覚えているから時期がわかる。それが今ではボロボロである。調子はこけない。

服も慢性的に足りていない。今年の夏はポロシャツ二枚とTシャツ一枚でやりくりしていた。そろそろ秋冬のことも考える時期だが、今あるセーターは三枚のうち三枚にネコのあけた穴がある。せめて二枚だったらよかったのにと思いながら、いちばん穴の小さい一枚を酷使して去年の冬は乗り越えた。そしてパンツにも穴を見つけた。ボロボロである。私の所有するあらゆる衣服たちは、ボロボロの向こう側を垣間見るために、しのぎを削っている。変なところでしのぎを削るな。

よって、人をダメにするソファに五千円は出せない。

私は以上のことを丁寧に説明した。三十六歳は言った。

「だから要するに、買うまでもなく、てことでしょ!」

 だから要するに、買うまでもなく、ってことだ!