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ジカ熱やエイズ克服に現実味、「ゲノム編集」技術はここまで来た

ナショナル ジオグラフィック日本版 8月9日(火)17時37分配信

 昨年ブラジルで大発生し、今も感染が拡大しているジカウイルスは、さまざまな神経障害を引き起こすようだ。胎内で感染した新生児の小頭症もその一つ。頭が異常に小さく、脳の発達が遅れるまれな先天性障害である。

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 蚊の遺伝子を操作して、感染症を媒介しないようにできないか。米カリフォルニア大学アーバイン校の分子遺伝学者アンソニー・ジェームズはこの課題に取り組んできたが、おおむね理論的な研究にとどまっていた。だが、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)と呼ばれる革新的な遺伝子改変技術と、特定の遺伝子を子孫に伝えやすくする「遺伝子ドライブ」という技術の登場で、事態は一変する。両者を組み合わせることで、理論はにわかに現実味を帯びてきた。

 クリスパーを使えば、ヒトを含めたほとんどの生物のゲノム(全遺伝情報)を迅速かつ正確に、望み通りに編集できる。DNAの部分的な書き換えや削除を容易にする、まったく新しい道具を人類は手に入れたのだ。

難病治療への応用に期待

 クリスパーというゲノム編集技術が登場したおかげで、ここ3年ほどで生物学は様変わりした。すでに世界中の研究者が、この技術を利用して遺伝性の難病である筋ジストロフィーや嚢胞性線維症、あるいはB型肝炎といった病気の予防や治療の研究を進めている。クリスパーでエイズ患者の細胞からウイルスを消滅させる実験も行われ、将来的にはエイズを完治させることも夢ではなくなった。

 臓器移植の分野では、ブタの臓器を人間の患者に移植できるよう、クリスパーを使って臓器からウイルスを除去する研究が進んでいる。ほかにも絶滅危惧種の保護や、作物の品種改良など、クリスパーを応用した研究は多岐にわたる。クリスパーで害虫に耐性をもつ作物を開発できたら、農薬を大量に散布する必要もなくなるだろう。

 過去100年間、科学は多くの発見を成し遂げてきたが、クリスパーほど大きな可能性を秘めた発見はほかにない。と同時に、これほど厄介な倫理問題を突きつける発見もない。とりわけ大きな議論になっているのは、人間の精子や卵子など、次世代に引き継がれる遺伝物質を含んだ生殖細胞に対してクリスパーを使う試みだ。遺伝的な欠陥を修正するにせよ、望ましい性質をもたせるにせよ、こうした試みを行えば、改変された遺伝子が代々受け継がれていくことになる。その結果、何が起きるのか。現段階で十分に予測することは不可能とは言わないまでも、非常に難しい。

「さまざまな活用例が見込める素晴らしい技術ですが、生殖細胞の遺伝子を操作するなど、重大な影響を及ぼす実験を行うなら、どうしてもやらざるを得ないという強固な理由が必要です」。そう警告するのは、米国のハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が共同で設立したブロード研究所の所長で、ヒトゲノム解読プロジェクトを率いたエリック・ランダーだ。「社会がそれを選択したのでなければ、やってはいけません。幅広い合意が大前提だということです。科学者の間でも見解は固まっておらず、こうした問題に答えられないのが実情です」

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最終更新:8月9日(火)17時37分

ナショナル ジオグラフィック日本版

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