(cache) 朴裕河氏が援用したkokubo氏がブログで書いたある記事について

2016-05-02

■[議論][歴史]朴裕河氏が援用したkokubo氏がブログで書いたある記事について

朴裕河氏が先日、『帝国の慰安婦』批判者、特に能川元一氏への反論としてkokuboという人のブログ(http://history79.blog.fc2.com/)の記事を紹介していた。

批判者たちの誤謬
以下もkokuboさんのブログから。

河を渡っている慰安婦の写真は「朝鮮人慰安婦」であるhttps://t.co/oxo7N80J4K... https://t.co/bmzOBbHhtk
— 朴裕河 (@parkyuha) 2016年4月22日

https://t.co/ekOQhf9y8H
— 朴裕河 (@parkyuha) 2016年4月22日

この件については能川氏が自ら再反論を公けにすると発言しているので、ここでは詳しく触れない。

近日中に先ほどの2つの記事および朴氏によって引用された kokubo氏のFacebookポストに対する再反論を明らかにしますが、最初から種明かしをしてしまうのも無粋なのでまずは”反論”の試みがあったことをみなさまにお知らせしておきます。
— 能川元一 (@nogawam) 2016年4月26日

しかし、これを機にkokubo氏のブログの過去記事を眺めていると、首を傾げざるをえない記事に出くわしたので紹介しておく。

家族のために芸者の道に入っていった菊丸さん。という記事だ。

本文中にkokubo氏自身の言葉による文章がほとんどないので全文を転載した。

「『親のために売春をする』という感覚は理解しにくく、そんな親たちがいたこと、それを孝行だと心底考えられていた娘がいたことが理解できないから、貧しさにつけこんだ周旋人や楼主が、騙すように娘を身売りさせたのだと思えてしまう人が出てくる。」
http://www.targma.jp/vivanonlife/2016/02/post10722/

その典型的な例がこちら　

「①1925年に夕張に生まれた山内馨子（菊丸）さんは父の仕事の失敗による貧困のなか、10歳で東京の芸妓置屋に300円の前借金で売られました。借金は増え続け、1942年、「慰安婦」になれば軍が前借金の肩代わりをしてくれると聞き、4000円の借金返済目的と「死ねば靖国神社に入れてもらえる」との思いの中「慰安婦」に応募、「トラック島」で将校専用の「慰安婦」にさせられました（以下略）」
http://fightforjustice.info/?page_id=2407

菊丸さんは自分の意思で芸者になっていった。騙されてその道に入っていったわけではないし、親が勝手に売ったわけでもない。ただ単に「売られました。」と書いてあるけど、この書き方だと親に売られていったという読み方もできてしまう。「将校専用の『慰安婦』にさせられました」と書いてあるけど、させられたわけではない。

少女だった菊丸さんの意思はこうだった。

「あたしは長女だから、小さい弟や妹を見てるとなんとかしなきゃという気になったのね。『あたいは芸者になる』と言ったの。おっかさんは駄目だと言ったけど、ほかにどういう方法があるの。とうとう『なる』って頑張っちゃった。それで、三宅さんという人の紹介で、東京の大塚に仕込っ子として行ったわけ。三百円の前借で、十年契約だったかしら」（『証言記録従軍慰安婦・看護婦』広田和子、新人物文庫、ｐ８３）

kokubo氏はFIGHT FOR JUSTICEの記述には「自分の意思で親のために売春をするという感覚」を理解がないと言いたいらしいが、菊丸さんの事例ではその主張の根拠としては不適切だろうし、かえってkokubo氏の人権感覚の問題を露呈してしまっている。菊丸さんが芸妓置屋に売られたのは10歳の時の話だ。

第一に、10歳で芸妓の道に進んだ菊丸さんの事例は「親のために売春をする感覚」を理解するための根拠とするのは不適当だろう。未成年者の法律行為などを思い起こせば10歳児童の自由意思は成人のそれと同様にはみなせない。成人後に自らの意思で芸娼妓の道に進んだ女性の事例を根拠として主張すべきことではないだろうか。

第二に、当時においても違法性が疑われる事例をもってして「親のために売春をする感覚」を理解する根拠とするのは現代人の人権感覚として問題がある。菊丸さんの事例は、１９３３年(昭和８年)制定の旧児童虐待防止法違反の疑いがある。児童福祉法の前身である旧児童虐待防止法は、昭和初期に東北地方で横行した子女の身売りなど、家計困窮救済の手段として児童が過酷な労働を課されることを防止する意図で制定された法律である。旧児童虐待防止法には次のような規定がある。

また、本法では第七条に児童の禁止業務についてつぎのように規定している。
第七条地方長官ハ軽業曲馬又ハ戸々ニ就キ若ハ道路二於テ行フ諸芸ノ演出若ハ物品ノ販売其ノ他ノ業務及行為ニシテ児童ノ虐待ニ渉リ又ハ之ヲ誘発スル虞アルモノニ付必要アリト認ムルトキハ児童ヲ用フルコトヲ禁止シ又ハ制限スルコトヲ得
前項ノ業務及行為ノ種類ハ主務大臣之ヲ定ム

さらに、主務大臣が定める業務及び行為については、「児童虐待防止法第七条二依ル業務及行為ノ種類指定ノ件」として、次のように定めている。

児童虐待防止法第七条二依ル業務及行為ノ種類指定ノ件左ノ通定ム
児童虐待防止法第七条第二項ノ規定二依リ児童ヲ用フルコトヲ禁止シ又ハ制限シ得ル業務及行為ノ種類ヲ定ムルコト左ノ如シ
一不具畸形ヲ観覧二供スル行為
二乞食
三軽業、曲馬其ノ他危険ナル業務ニシテ公衆ノ娯楽ヲ目的トスルモノ
四戸々二就キ又ハ道路二於テ物品ヲ販売スル業務
五戸々二就キ又ハ道路二於テ歌謡、遊芸其ノ他ノ演技ヲ行フ業務
六芸奴、酌婦、女給其ノ他酒間ノ斡旋ヲ為ス業務

吉見香『戦前の日本の児童虐待に関する研究と論点』
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51129/1/Yoshimi.pdf

ついでに現行の児童福祉法の該当箇所も引用しておこう。

第三十四条　何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
一　身体に障害又は形態上の異常がある児童を公衆の観覧に供する行為
二　児童にこじきをさせ、又は児童を利用してこじきをする行為
三　公衆の娯楽を目的として、満十五歳に満たない児童にかるわざ又は曲馬をさせる行為
四　満十五歳に満たない児童に戸々について、又は道路その他これに準ずる場所で歌謡、遊芸その他の演技を業務としてさせる行為
四の二　児童に午後十時から午前三時までの間、戸々について、又は道路その他これに準ずる場所で物品の販売、配布、展示若しくは拾集又は役務の提供を業務としてさせる行為
四の三　戸々について、又は道路その他これに準ずる場所で物品の販売、配布、展示若しくは拾集又は役務の提供を業務として行う満十五歳に満たない児童を、当該業務を行うために、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律（昭和二十三年法律第百二十二号）第二条第四項の接待飲食等営業、同条第六項の店舗型性風俗特殊営業及び同条第九項の店舗型電話異性紹介営業に該当する営業を営む場所に立ち入らせる行為
五　満十五歳に満たない児童に酒席に侍する行為を業務としてさせる行為
六　児童に淫行をさせる行為
七　前各号に掲げる行為をするおそれのある者その他児童に対し、刑罰法令に触れる行為をなすおそれのある者に、情を知つて、児童を引き渡す行為及び当該引渡し行為のなされるおそれがあるの情を知つて、他人に児童を引き渡す行為
八　成人及び児童のための正当な職業紹介の機関以外の者が、営利を目的として、児童の養育をあつせんする行為
九　児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下に置く行為
○２　児童養護施設、障害児入所施設、児童発達支援センター又は児童自立支援施設においては、それぞれ第四十一条から第四十三条まで及び第四十四条に規定する目的に反して、入所した児童を酷使してはならない。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO164.html

当時の法律の解釈として、「芸奴、酌婦、女給其ノ他酒間ノ斡旋ヲ為ス業務」に児童を就かしめること自体を即虐待とはみなさなかったようだが、虐待を誘発する恐れのある業務としては考えられ、児童の就業は禁止または制限の対象とされていた。1925年生まれの菊丸さんが10歳で芸妓置屋に売られたのは1935年(昭和10年)のことであり、旧児童虐待防止法施行後の話であり同法違反の疑いがある。*1（現代だけでなく）当時の人権感覚、法制度においても批判対象とされたであろう事例をもって、「親のために売春をする感覚」を理解する根拠とするのは問題があると言わざるをえない。*2

手元に本がないのでうろ覚えだが、菊丸さんは晩年アパートに独居の末、自殺されて生涯を閉じたことは『証言記録従軍慰安婦・看護婦』に書かれていたと思う。念のために付記しておく。