こんなに読みやすい古典の訳はみたことがない。
斉藤孝訳『論語』は、論語初心者だけでなく読書初心者でも楽に読みはじめられ、挫折することなく最後まで読めきれる良書だ。
《目次》
論語と孔子
孔子は古代中国の思想家で、いまから約2500年前の人物。『論語』の書かれ方は『新約聖書』に似ていて、『聖書』がイエスの著書でないように、『論語』も孔子が書いたものではない。孔子の弟子たちが書いた、彼の言行録である。
日本の特権
それぞれの字を生かしつつ、それに説明を加える、というスタイルを取りました。
このようなことが出来るのも、漢字文化圏にある日本の特権です。たとえば、英訳でも、きちんと意味の通った訳は出来るでしょうが、このような一字一字の伝統的な力をそのまま生かすことはできません。
『論語』には、深い意味を持つ一文字の漢字が多く出てくる。「孝」「義」「信」「知」「礼」「直」「果」「徳」「温」「良」「恭」「倹」「譲」「仁」 「聖」など、これでもほんの一部だ。
漢字の持つ伝統的な力を生かすことができるのは中国語と日本語だけで、ここまで分かりやすく論語の一文字漢字を解説してくれているのは本著だけ。この限定感を利用しない手はない。
一貫したメッセージ「中庸」
『論語』の言葉は政治、学問、人間の欲望、日々の生活など多岐にわたる。その中でも一貫して背景にある価値観は「中庸」である。
中庸とは「過不足なく極端に走らない」バランスの良さのことだ。有名な一節「故きを温ねて、新しきを知る」は代表例だし、人間関係でも「適度な距離感が大切」と書かれている。
当人はそう思っていなくても人の考えは一方に偏りがちなので、逆のことを一度考えてみる思考のクセをつけると良い。このクセはビジネスでも大いに活かせる。例えば、目の前の「短期」の仕事に頭がいきすぎているのではないかと考えて、「長期」に目を向けてみる。
自分で逆のことを考えるクセはなかなか定着しないので、広く人の意見を聞いて、白か黒かで判断しないと決めておくだけでも間違いを防げるだろう。世の中はスペクトラムでできていて、白か黒かではなくライトグレーかチャコールグレーかで判断するのが正解なのだ。
論語と算盤
渋沢栄一『論語と算盤』は繰り返し読んでいる本の一つ。正確にはオーディオブックを持っていて、通勤中の車内で何度も聞いている。
『論語』には「官職に就くことばかりが政治ではありません」という孔子の言葉がある。官職から財界に転じた渋沢は、このあたりに強く共感して行動に移したのではないだろうか。