クルマが「走るパソコン」になる日は来るか?乗り物の不便を退治しよう【連載:増井俊之】
2015/07/14公開
増井俊之(@masui)
1959年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。ユーザーインターフェースの研究者。東京大学大学院を修了後、富士通半導体事業部に入社。以後、シャープ、米カーネギーメロン大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Appleなどで働く。2009年より現職。携帯電話に搭載される日本語予測変換システム『POBox』や、iPhoneの日本語入力システムの開発者として知られる。近著に『スマホに満足してますか? ユーザインターフェースの心理学』
自動車のセンサやネットワーク
自動車には昔からたくさんのセンサやコンピュータが使われています。 どんなに古い車でもスピードメータやガソリン残量計のようなセンサが登載されていますし、 ブレーキやエンジンなどを制御するために1980年代からワンチップマイコンが使われてきました。 現在の車には100個を越えるCPUが使われているということです。
最近のベンツ車は 「アテンションアシスト」 という機能を登載しており、多数のセンサで以下のような情報を取得して居眠り運転その他の危険な状況を検出しています。
・走行状況の検出(加速度など)
・車線変更の検出
・路面状況の検出
・ドライバー交代の検出
・ドライビングスタイル(走行速度など)
・ステアリング操作の検出
・各種操作の検出(アクセルペダル、ウインカーなど)
・走行条件の検出(時刻、運転時間など)
車の後をモニタできるディスプレイはポピュラーになってきましたが、MINIはAR技術を使ってドアなどを透明にしてしまうMINI Augmented Visionなどといった高度な認識技術/AR技術を提案しています。
最近の車ではたくさんのCPUやセンサのモジュール(ECU: Electronic Control Unit)を接続するCAN(Controller Area Network)のような車載LANが使われています。
CANは1986年に仕様が公開され、1994年に国際規格となって普及している車載ネットワーク規格です。CAN上を流れる各種のデータを読み出すTouch-B.R.A.I.Nのような装置が販売されていますし、トヨタがCAN上のデータをスマホに送るシステムを提供していたりしますが、信号の詳細は公開されておらず、一般ユーザが利用することはできません。
2線ツイストペアを利用するCANは計算機で広く使われてきたEthernetとは似て非なるものですが、Ethernet準拠のVEEDIMSというネットワークが利用されている高級車もあるようです。
CANやVEEDIMSは自動車を安全に正しく動かすためのネットワークであり、 運転者や同乗者のコミュニケーションを支援するものではありません。 またアテンションアシストで利用されているセンサ情報も、普通のユーザが利用することはできません。
自転車のセンサやネットワーク
普通の自転車にセンサやコンピュータは登載されていませんが、マニア向けに各種の「サイクルコンピュータ」が販売されています。
サイクルコンピュータは自転車に関連する様々なセンサを接続できるコンピュータで、速度や距離を測定/記録する安価なものから、ペダル回転数(ケイデンス)や心拍数を測定できるもの、GPSを登載したものまで、さまざまな種類のものがあります。
GPSを登載した本格的なものはかなり値段が高くなりますが、最近はスマホと連携する製品も増えています。
例えば、GiantのCONTINUUM SYNCは、ANT+ (体重計やサイクルコンピュータなどで使われる省電力無線ネットワーク)やBLE(Bluetooth Low Energy)を利用してスマホと接続できるようになっており、安価ながらGPS登載サイクルコンピュータと同等以上の性能を持っています。
サイクルコンピュータを使うためには、ユーザが回転センサを車輪に設置したり心拍センサを体に装着したりする必要があります。
自動車の場合と異なり、センサやコンピュータのために安全性が問題になることは少なく、ユーザが工夫してセンサを設置したりコンピュータを選んだりできるので、自動車の場合よりもセンサやコンピュータが身近に感じられているかもしれません。
コミュニケーション手段の付加が広げる可能性
自動車や自転車で利用されているコンピュータは、運転やトレーニングにとって有用なのは確かなのですが、詳細情報が公開されていませんし、ハードウェアが独自の規格に基づいておりパソコンなどの機器と連携することが難しく、インターネットに接続されていませんから、全くIoT的に使うことができません。
インターネットで最も重要なのは検索機能とコミュニケーション機能だと思いますが、自動車や自転車は多数のセンサやコンピュータや無線通信機能を登載しているにもかかわらず、コミュニケーション手段を全く持っていないことはとてももったいないことだと思います。
自動車が普通にインターネット上のコミュニケーション手段を持っていれば、近くの車と通信することによって有益な情報交換を行えるはずです。 例えば以下のようなコミュニケーションが考えられます。
・前を走る車の目的地を知っていれば、適切に車線を譲ることが可能かもしれないし、事故や渋滞などの情報を共有することもできる
・道を譲ってもらった場合など、ハザードランプを点滅したりしなくても素直に謝意を示すことができる
・救急車が近づいていることが分かっていれば、早目に対策をとることができる
・ショッピングモールの駐車場から出ようとしていることを伝えられれば、空きを待っている人の気分を良くすることができる
乗り物のセンサの利用情報が公開されており、インターネット上で適切に共有する手段が存在すれば、たくさんの有用な機能やサービスを利用できるようになるはずです。
これまでは開発の経緯や安全性の面のため、閉じたネットワークしか利用されてきていませんが、既存のセンサや新しいセンサをインターネット上で共有できるようになれば、IoT時代にふさわしい利用形態が考えられてくるに違いありません。
一見無意味なセンサ情報でも、共有に意味がある可能性があります。
ガソリンの量のセンサやブレーキランプのセンサなどはコミュニケーションの役に立つようには思えませんが、どんなセンサ情報でも共有の意義はあるでしょう。
隣の車のガソリンの量やブレーキランプの調子などを知っても仕方がないと思うかもしれませんが、気付かずに走っている車があれば教えてあげれば良いでしょうし、前を走る車のブレーキランプが壊れていることが分かれば事故を避けられるかもしれません。
2001年にはタクシーなどのワイパー情報をインターネットで共有することによって 雨が降っている場所を知るといった実験が行われていました。 ワイパーの情報の共有などは自動車メーカーの想定外だったかもしれませんが、実際には有用だったことの一例といえるでしょう。
クルマがインターネット常時接続のサーバに?
自動車の各種のセンサにネット経由でアクセスできれば嬉しいことがたくさんあります。自動車に登載したパソコンをインターネットに接続してサーバにしておき、CANやGPSからの情報をネットのどこからでもアクセスできるようにしておくだけで、かなり面白いことができるでしょう。
例えばベンツのアテンションアシストのようなアプリや、「ガソリンが少なくなると音声で通知してくれるアプリ」、「バッテリや発電器の調子を一覧できるアプリ」、「鍵がなくてもドアを施錠/解錠するアプリ」 などをすぐ作れるでしょう。
車の現在地を知ることができれば、盗難対策やグループ行動などに便利でしょう。インターネット常時接続を売りにしている自動車というのはあまり聞いたことがありませんが、常にサーバとしてどこからでも接続可能な自動車はこれからの常識になるかもしれません。
自転車は盗難やイタズラの心配があるのでコンピュータを設置しておくことに抵抗感があるかもしれませんが、電動自転車ならば大容量バッテリが登載されているので、インターネット常時接続のサーバになっていても良い気もしますし、サイクルコンピュータのようなクライアント的機能が整備されてほしいとも思います。
昔、電動自転車の試作品にUSB端子がついているのを見て驚いたことがあるのですが、自動車や自転車がUSB端子を登載していないことの方が不思議かもしれません。たくさんのセンサがついた「走るパソコン」のように扱えるようになってほしいものです。
現在たくさんのパソコンやスマホがインターネットに接続されていますが、家電製品や自動車などはネット接続機能がある場合でも統合的に利用されていません。
家電業界/自動車業界/コンピュータ業界/建築業界などは、パソコン業界で普及しているネットワークとは異なる規格のセンサやネットワークプロトコルを使ってきました。 スタンドアロン製品の時代にはそれで問題が無かったかもしれませんが、IoT時代にはあらゆるセンサや機器を統合的にインターネットから利用できて欲しいものであり、新しい便利で面白いアプリケーションに期待したいと思います。
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