●Lars Christensen, “Crisis, happiness and suicide”(The Market Monetarist, April 5, 2012)
家族旅行でデンマーク西部にあるユトランド半島まで足を運んできたのだが、旅行を終えて自宅に戻るために車を運転しているとラジオからニュースが流れてきた。そのニュースでは2つの話題が取り上げられていたのだが、その2つの話題は一見無関係なようではあるが妙なかたちでつながっていると言えなくもなかった。というのは、どちらの話題も「幸福」の問題と関わるものだったからだ。一つ目の話題は世界幸福度報告書の調べでデンマークが世界で最も幸福な国に(またもや!)選ばれたことを伝えるものだった。それとは対照的に二つ目の話題は嘆かわしいものであり、アテネにある人通りの多い広場(シンタグマ広場)で77歳のギリシャ人男性が自殺した1ことを伝えるものだった。その男性は生活苦とギリシャの深刻な経済状況を憂えて自殺に及んだらしい。
(世界中に向けて情報を発信する)国際的なメディアの報道を眺めていると、アテネで起こったこの悲しい出来事は経済危機に見舞われている南欧諸国で広く一般的に見られる傾向を象徴しているかのような印象を受けることだろう。だが、果たしてそうなのだろうか? 経済危機と幸福、そして自殺という三者の間には一体どのような関係が見られるのだろうか?
デンマーク人(私もその一人だ)は大変幸せな日々を送っている一方で、ギリシャ人は悲嘆に暮れる日々を過ごしており自殺も絶えない。そう思われるかもしれない。しかしながら、事実はそうなってはいない。少なくともデンマークとギリシャの自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を比較する限りではそうなってはいない。デンマークの自殺率はギリシャの自殺率を3倍以上も上回っているのだ。世界保健機関(WHO)のデータによると、2011年度のデンマークでは人口10万人あたり11.9人が自ら命を絶っている計算になるが、ギリシャではその数字(2011年度の自殺率)は人口10万人あたり3.5人という結果になっているのだ2。
興味深い事実はまだある。デンマークの自殺率はPIIGS諸国3のどこよりも高いのだ。ギリシャ以外のPIIGS諸国の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)の数字を順番に挙げると、ポルトガルは7.9人4、イタリアは6.3人5、アイルランドは11.8人6、スペインは7.6人7である。実際のデータに照らす限りでは経済危機の渦中で大勢の人々が自殺に及んでいるとは到底言えないわけだ。南欧諸国は(デンマークを含む)スカンジナビア諸国と比べると自殺はそれほど多くない傾向にあるのだ。
「経済危機の影響で自殺が急増している!」といった筋書きの記事をジャーナリストは書きたがるものだ。大恐慌下のアメリカで高層ビルから身を投げた人々に関するエピソードも広く流布している。しかしながら、そういった類の話は正しくないことが多い。経済危機と国ごとの自殺率との間には概して強い相関は見られないのだ。誤解しないでもらいたいが、経済危機は自殺者の数に何の影響も及ぼさないと言いたいわけではない。経済危機以外の要因の方が(その国の自殺の動向を説明する上で)ずっと重要なのではないかと言いたいのだ(スカンジナビア諸国の冬は長くて暗いという特色があるが、そのような気候条件もスカンジナビア諸国で自殺率が高いことといくらか関係しているかもしれない)。「いや、そんなことはない」と反論する人はどうしてギリシャやイタリアよりもデンマーク(世界幸福度ランキング第1位の国)やフィンランド(世界幸福度ランキング第2位の国)の方が自殺率がずっと高いのかを説明する必要があるだろう。例えば2008年以降のギリシャでは自殺者の数が増えていることは確かだが、その一番の理由を経済危機に求めるのはこじつけのように思えるのだ。
デンマークは大変幸せな国であるらしい(世界幸福度報告書の調べによるとそうらしい)のにどうしてこんなにも多くのデンマーク人が自ら命を絶っているのだろうか? デンマーク国民の一人として不思議でならない。あえてその理由を探るなら生存バイアスのせい8ということなのだろうか?
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●Scott Sumner, “The absurdity of claims of cultural superiority”(TheMoneyIllusion, April 29, 2012)
ギリシャの自殺問題をテーマに取り上げている最近の記事から少し引用しよう。
2009年に入って金融危機が国内に大混乱を引き起こすようになるまではギリシャは世界の中でも自殺率が最も低い国の一つだった。人口10万人あたりの自殺者数は2.8人に過ぎなかったのだ。しかしながら、ギリシャ保健福祉省の調べによると、2010年上半期の自殺率はそれまでと比べて40%も上昇したという。
2011年に関しては今のところはまだ信頼の置けるデータは揃っていないが、ギリシャの自殺率はそれまでよりも倍増して人口10万人あたり約5人程度まで上昇しているのではないかと語る専門家もいる。とは言え、フィンランドの自殺率(人口10万人あたり34人)やドイツの自殺率(人口10万人あたり9人)と比べるとずっと低い数値である。
・・・(中略)・・・
ギリシャの自殺率は(ここのところ上昇傾向にあるとは言え)他の国と比べると依然として低いわけだが、それはなぜなのだろうか? ギリシャは家族の結び付きが極めて強いだけではなく、表現豊かで人と人のコミュニケーションが極めて盛んな(話好きな)文化という特徴を持っているが、このことが自殺率を他の国よりも低く抑える上で重要な要因となっている可能性がある。
「ギリシャでは誰も彼もがあなたに話しかけてくることでしょう。ギリシャはそういう国です。」 アテネで精神分析医として働くシデリス氏はそう語る。「あなたが苦しんでいたら必ず誰かがその苦しみをともに分かち合い、救いの手を差し伸べてくれることでしょう。」
「ギリシャで自殺率が低いのは気候に恵まれているためだけではありません。ギリシャでは苦しんでいる人を支援するための強力な人的ネットワークが張り巡らされており、そのこともまた自殺率をこんなにも低く抑える働きをしているのです。そのようなネットワークは今も健在ではありますが、今回の危機がもたらす痛みに耐え切れないでいる人々がいるのもまた事実です。」
かつて次のような持論を語ったことがある。優れた文化だとか劣った文化だとかというものはない(異なる文化の間に優劣はない)。どの文化も異なるニーズに適応すべく独自に進化してきたのであり、異なるニーズに応じて異なる文化があるだけだ、と。ギリシャが抱える経済問題(例えば、巨額に上る税金の不払い)の背後ではギリシャの文化が何らかの役割を果たしていることは疑いないが、文化的な特性のあるもの(例えば、「結び付きが強い家族」)はある面では厄介事を招き寄せることがある一方で別の面では有用な働きをしている可能性がある。上で引用した記事はそのことを思い出させてくれている。
どうもこのことがわからない人もいるようだ。自国の文化に(自然と)魅了される一方で他国の文化を客観的な立場から「間違いだ」と断罪してしまうのだ。
- 訳注;このニュースについては例えば次の記事も参照のこと。 ●「アテネの広場で男性が自殺-ギリシャ経済危機で借金苦か」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版、2012年4月 5日) [↩]
- 訳注;WHOが推計している自殺率の最新のデータは2012年度のものだが、デンマークの2012年度の自殺率は8.8人、ギリシャの2012年度の自殺率は3.8人という結果になっている。 [↩]
- 訳注;ポルトガル(Portugal)、イタリア(Italy)、アイルランド(Ireland)、ギリシャ(Greece)、スペイン(Spain)の計5カ国の総称であり、財政破綻の危機に見舞われている南欧の国という共通点を持っている。 [↩]
- 訳注;2012年度は8.2人 [↩]
- 訳注;2012年度は4.7人 [↩]
- 訳注;2012年度は11.0人。2012年度に関してはアイルランドの方がデンマークよりも自殺率は高いということになる。 [↩]
- 訳注;2012年度は5.1人 [↩]
- 訳注;ここでは(その名の通り)生存者だけの意見が聞き入れられる結果として幸福度の調査結果に歪みが生じているという意味。人生を幸せと感じられない人々が自ら命を絶ってしまっているとすれば、「幸せではない」という意見が調査結果に反映されることも少なくなってしまうことになる。 [↩]
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