「影のCIA」をハッキングした男の顛末 重罪を課せられるハクティビストたち

インターネットの自由を求める「ハクティビスト(政治的ハッカー)たちが、 「コンピューター詐欺および不正使用取締法」(CFAA : Computer Fraud and Abuse Act)を適用され、厳し過ぎるとも言える罰に課されることが増えている。2013年1月に、重い刑罰に耐えかねた若き天才プログラマー、アーロン・スワーツが自ら命を絶ったことは前回記した。そしてもう一人、禁固10年という厳しい刑を受け、ケンタッキー州マンチェスターの連邦刑務所に服役しているハクティビストがいる。名前はジェレミー・ハモンド。

ハモンドは、Anonymousの中でも活動的なメンバーで、ネット上では「Anarchaos(無政府主義的破壊者)の名で知られていた。2011年12月のクリスマス、彼は「影のCIA」と呼ばれるアメリカの民間情報機関Stratforのサーバーに侵入。ユーザー情報や500万件もの電子メールを持ち出し、AnonymousのリークサイトAntiSecと、ジュリアン・アサンジが運営するWikiLeaksで公開した。ハモンドが公にした情報の中には、アメリカ政府や多国籍企業が秘密裏に手を結び、外交的な陰謀を巡らせていることを示すものも含まれていた。

2012年3月5日、ハモンドは訴追された。このとき、Anonymousから分派した先鋭部隊LulzSecのメンバー4人も一緒に訴追されている。この一斉検挙の背後には、Anonymousの中心的な存在だったSabuの裏切りがあった。Sabuはハクティビストのムーブメントを世界的に広めてきた人物であり、LulzSecを立ち上げた人物だ。2011年6月7日、SabuはFBIに逮捕されるが、すぐに司法取引に応じて、FBIの情報提供者となって釈放されている。後に流れた情報によると、取引に応じなければ、Sabuは124年の刑を課せられると脅されていたという。取引に応じたSabuはFBIに指示されたとおり、囮のオペレーションを仕掛け、他のAnonymousメンバーの身元を特定し、逮捕に追い込んでいたのだ。その中の1人がハモンドだった。

ハモンドの逮捕当初、減刑や釈放を求めるサイトが即座に開設され、多くの陳情が集まった。スワーツの自殺をきっかけに「コンピューター詐欺および不正使用取締法」の改定を要求する動きも盛り上がっていたこともある。しかし、ハモンドに関する事態が好転する兆しはみられなかった。なぜハモンドだけが、これほど厳しく追い込まれる結果になったのか? その問題の核心に迫るドキュメンタリー『The Hacker Wars
』が昨年制作され、現在はネットでも公開されている。

この映画では、ハモンド以外にも二人の人物が中心的に描かれている。一人は、2010年にセキュリティの脆弱性を指摘する目的で、AT&TのiPadユーザー11万件の個人情報を抜き出し、逮捕され、禁固3年半を課せられたアンドリュー・オーレンハイマー。もう一人は、ジャーナリストとしてAnonymousの宣伝塔を担い、個人情報の不正公開など複数の罪で105年の刑を受けているバレット・ブラウンである。

2011年の「アラブの春」をきっかけに、世界中のネットユーザーの誰でもが、望むならAnonymousの一員を自称し、サイバー攻撃に参加できるムーブメントが一気に広まった。その中には、ティーンエイジャーも多くいた。Anonymousの扇動者であったSabuは、若手の先鋭ハッカーたちを含む6名でLulzSecを結成し、ゲーム感覚で、政府や企業のサイトを次々に乗っ取って、アメリカ政府を怒らせてきた。

元NSAのトーマス・ドレイクは、この映画の中で「アメリカ政府機関のサイトは、世界的にも最高のセキュリティを誇るべく、巨額の予算を割いてきたものであり、そのプライドを傷つけた」とコメントし、「触れてはいけない危険なところであった」と強調した。そして、最初に見せしめとなったのが、AT&Tからデータを持ち出したアンドリューだった。2011年に逮捕されたアンドリューは、2013年に収監され、2014年4月に仮釈放されている。

FBIの情報提供者となったSabuは、すぐにAntiSecを立ち上げ、、さらに大きなターゲットへのサイバー攻撃を煽った。その罠にまんまとひっかかったのが、Strastforをハッキングしたハモンドであり、そのデータをネット公開するのを手伝い世に広めたのがブラウンだった。

ただし、Strastforの情報リークは、インドのボパールで起こったダウ・ケミカル社の化学工場事故による有害物質流出によって、2万2000人もの死者が出ていること、さらにその責任を追求している市民団体のメンバーをダウ・ケミカル社の依頼によってStrastforが監視していることが貴重な証拠となった。囮捜査とはいえ、数々の深刻な問題を暴き出すことになったStrastforの情報リークをFBIが妨害しなかったのはなぜだろう。Sabuがうまく立ち回っていたからであろうか。それでも、ハモンドやブラウンが大きな犠牲となったことには変わりはない。

政府や企業の透明性をどこまで求めていくのかは難しい問題だ。一方で、ISIS(イスラム国)の台頭などから、新たなテロの脅威を警戒するあまり、政府のネット監視や秘密主義が拡大し過ぎることは避けなければならない。ただ、ネット時代のデモクラシーをどう考えていくにしても、ハクティビストたちが人生をかけて暴いた真実からは目を反らすことはできない。

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