村上さんこんにちは。
僕は、15歳の時に『ノルウェイの森』の文庫版をスーツケースに入れて日本を離れてから、「在外日本人」としての生活をして25年になります。その後、スイス、アメリカは東海岸のボルティモア、そして西海岸のロサンゼルスに暮らしたあと、ドイツの某自動車会社にてカーデザイナーとしてカタチをつくる仕事をして10数年になります。モデルイヤーは、多崎つくるさんと多分同じ年です。さて、実は今、去年のうちにチケットを購入した半年後のパティ・スミスさんのヨーロッパツアーのコンサートを、首を長くして楽しみにしているところです。
この機会に、アルバムを聴き込むのはもちろん、彼女の著作や詩集、写真集やインタヴュー、ドキュメンタリー映画なども、じっくりと楽しませていただいているところです。
そのパティさんが以前ニューヨーク・タイムス誌に寄せた『多崎つくる……』のブックレビューをつい先日読みました。彼女が大のムラカミファンであることは、彼女が機会あるごとに明言していることですが、その文中のIt is not“Blonde on Blonde,”it is“Blood on the Tracks.”という一節に僕は痺れました。ここで村上さんに質問です(風に訊いたんですけど……答えがかえってこなかったので)。
あのパティ・スミスさんによって、村上さん(の小説)があのボブ・ディランのアルバムに喩えられるというのは、正直言って、どんなお気持ちですか? 例えば文学賞を受賞するのとは別な次元での体験なのではないかとは想像できるんですけど。やや漠然とした質問で申し訳ないです。パティさんのこと、ベルリンでの村上さんとの2ショットの写真を次のアルバムカバーに使ったり、村上さんのポスターを部屋に飾ったり、そういうことなんかを考えていそうなんですけど。この次は“I never talked to Haruki Murakami”なんていうタイトルのブートレグ・アルバムが出てきても僕は驚かないと思うんですが、村上さんは、驚いちゃいますか、そういうのはやっぱり?
(たじけん、男性、40歳、カーデザイナー)
パティさんは先日わざわざベルリンに来てくれて、僕のために「アンプラグド」で二曲を歌ってくれました。自分でギターを弾きながら。とても素敵だったですよ。そのあと食事をしながら、二人でずいぶん話をして、僕が『ロックンロール・ニガー』が好きだと言ったら、笑って、あれは歌詞がずいぶん問題になって(ニガーという言葉を使っている)、いろんなところで放送禁止になった。でもがんばって歌っていたんだけど、あるときステージで歌っていたら、目の前の席にジェームズ・ブラウンがむずかしい顔をして座っていて、「あれはびびったよ」ということでした。とても面白い話がいっぱいありました。素敵な人です。
村上春樹拝