その時代錯誤は戦略なのか? 『イスラム国 テロリストが国家を作るとき』

内藤 順2015年01月11日 印刷向け表示
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イスラム国 テロリストが国家をつくる時
作者:ロレッタ ナポリオーニ
出版社:文藝春秋
発売日:2015-01-07
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我々日本人にとって、中東という地域は直視することが難しい存在である。欧米的なフィルターを通して見ることも多いため、馴染み深い価値観との違いばかりに目が向い、不可解で危険な存在と断定してしまうことも多いだろう。

本書のテーマとなっている「イスラム国」という存在についても、数多くの残虐な振る舞いがニュースやソーシャルメディアを通して喧伝され、その本当の姿を我々は知らない。だが我々が彼らの歴史を知っている以上に、彼らは我々の歴史をよく知っているのだ。

これらのバイアスを一度リセットし、むしろ我々にとって既知なるものとの類似性を対比することで評価を定めて行こうとするのが、本書『イスラム国 テロリストが国家を作るとき』である。

著者はテロ・ファイナンスを専門とする女性エコノミスト。そのような専門領域があったこと自体驚きなのだが、そこに行き着くまでの彼女のエピソードも面白い。かつて幼なじみの友達がテロ組織「赤い旅団」の幹部として逮捕、面会に行った時に彼女の話し方が投資銀行員とそっくりであることに気付き、それがテロ組織のファイナンス調査を始めるきっかけになったという。

そんな経歴を持つ人物だからこそ気付きえた、「イスラム国」の真価とはどのようなものであったのか。

本書では冒頭から、彼らが高度な会計技術を使って財務書類を作成しており、その内訳は自爆テロ一件ごとの費用にまで及んでいた事実が明かされる。まるで、好業績を挙げている合法的な多国籍企業のものと比べても、全く遜色のないような決算報告書であったという。彼らは潤沢な収入源を持ち、多くの外国人兵士を擁する多国籍武装集団であり、大規模な近代軍を統率し、よく訓練された兵士に給与を払っている特別な組織なのである。

この分析からも分かるように、本書は「イスラム国」の大義、それ自体の是非や善悪を問うものではない。その目的を実行するためのポテンシャルをどの程度持ち合わせているのかを、ファイナンス、マーケティング、ブランディング、ガバナンスといった様々な角度から分析している。

この組織が歴史上のどの武装集団とも決定的に違うポイントは、近代性と現実主義という二点に集約される。それを支えているものの一つが、テクノロジーと高度なコミュニケーション・スキルによって構成されるプロパガンダである。

彼らはテロのような正体不明の恐怖に対し、多くの現代人が不合理な反応をしがちであることをよく理解している。だからこそ恐怖の予言を拡散させるべく、ソーシャルメディアの活用に多大なエネルギーを投じるのだ。この種の予言は、広言することによって自ずと実現するということをよく分かっていると言えるだろう。

その際に、「イスラム国」自身が我々のバイアスを逆手に取って情報戦略を駆使しているということも注視しなければならない事実である。彼らの残虐な行為によって引き起こされた感情の高ぶりが、そのまま吸い取られて相手に利用されてしまう。まるで、合気道の試合を見ているかのようである。

ファイナンスとマーケティング、二つの両輪が上手く機能することは、通常の企業活動であればそれだけでも十分かもしれない。しかし彼らの野望は、国家の建国というかつてテロリスト集団が夢見たことのないものであった。そのためには自分たちの正統性を示す必要があり、様々な歴史的事実から神話とレトリックを受け継いでいることも、著者はアナロジカルに読み解いていく。

かつてユダヤ人は、世界に散らばるユダヤ人のために、古代イスラエルの現代版を建国した。まさにそれと同じロジックで「イスラム国」は、スンニ派のすべての人々のために、21世紀のイスラム国家を興そうとしているというのだ。

さらにもっと時代を遡れば、かつて13世紀にモンゴル人はタタール人と組んでバグダッドを徹底的に破壊したことにも話は及ぶ。このスンニ派イラク人にとって恥辱的な記憶を、彼らはシーア派と外国勢力が手を組んだ現代の政治状況になぞらえる。まさに歴史的な正統性という神話を求めて、現代的なブランディング手法を繰り広げているのだ。

Facebookを通してつながった「アラブの春」、Twitterを介して広がった「緑の革命」、これら民衆の革命と言われたものがことごとく失敗する一方で、少数のリーダーに率いられる組織が着々と勢力を拡大しつつある現状。これを民主主義国家は、どのように解釈すればよいのか。彼らの残虐な行為の裏に隠されたメッセージが突きつけるものは重い。

その正体が善であれ悪であれ、歴史に学ぶものは優れた戦略を立てることが出来るし、新しいテクノロジーを使いこなすものは効果的な戦術を実行することが出来る。そして最終的には、勝ったものこそが正義になるということも歴史が教えてくれる事実なのである。

ビジネスの世界に目を転じれば、新興国市場において既に先進国でヒットしたものを模倣した出来損ないの商品がシェアを獲得することも珍しくない。「あんなパクリ商品が」などとグレーな存在を侮っているうちに、力をつけて先進国市場にも存在感を出してくる。本書を読めば、「イスラム国」のケースが国家レベルでの「リバース・イノベーション」を起こしつつあるのではないかとさえ思えてくる。

今月、実に多くの「イスラム国」関連書籍が書店の店頭を賑わせることだろう。その中でも、最初に手に取るべき一冊としておすすめしたい。 

「イスラーム国」の脅威とイラク
作者:
出版社:岩波書店
発売日:2014-12-26
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イスラム国の正体 (朝日新書)
作者:国枝昌樹
出版社:朝日新聞出版
発売日:2015-01-13
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アメリカはイスラム国に勝てない (PHP新書)
作者:宮田律
出版社:PHP研究所
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イスラーム国の衝撃 (文春新書)
作者:池内 恵
出版社:文藝春秋
発売日:2015-01-20
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イスラム国とは何か
作者:常岡 浩介
出版社:旬報社
発売日:2015-01-25
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