「原点」忘れず 商品開発に力
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ライオンケミカル (有田市)
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ――。大きな音が響く中、渦巻型の「ライオンかとりせんこう」が機械から次々に出てくる。蚊取り線香発祥の地とされる有田市で、創業136年を迎えた老舗の家庭用殺虫剤メーカー「ライオンケミカル」。工場では、1943年に世界で初めて開発された渦巻き型蚊取り線香の自動製造機が、今も現役で活躍している。
除虫菊は、殺虫効果が知られるようになった19世紀初め、英、仏など欧州で栽培が広まった。日本へは1880年代に種が入ってきて、のちに「金鳥」ブランドで名をはせる有田市のミカン農家・上山英一郎氏が蚊取り線香を発売する。
初めは棒状だった蚊取り線香は、頻繁に取り換える必要のない「渦巻型」に進化する。一つ一つ手作りされていたのを、機械化したのが、同じ有田市で蚊取り線香の製造に参入していたライオンケミカルの前身「大同除虫菊」だった。
除虫菊の有効成分が入ったペースト状の材料を板状に延ばし、型抜きして自動で渦巻き状に加工する機械は画期的で、特許も取得した。戦後になると、化学物質の殺虫成分が開発されたことも相まって大量生産が本格化し、同社の製品は最大で約40か国に輸出された。
しかし1961年、当時の経営陣が「業界の発展のために」と特許を公開したことで技術が流出。業績は悪化の一途をたどった。
73年に「ライオン歯磨」(現・ライオン)と業務提携し、下請けに専念したが経営は回復せず、91年には外資系の「ジョンソン」の子会社に。それも99年に見切られ、万策尽きたところに手を差し伸べたのが、日用雑貨製造会社などを傘下に持つ現在の親会社「三和」(有田市)だった。
田中源悟社長(54)は、同年に三和から取締役営業部長として入社し、OEM(相手先ブランドによる生産)の販路開拓に努めた。さらに消臭剤「アクアリフレ」や入浴剤「バスリフレ」など自社製品の開発でも先頭に立った。「朝昼晩と必死でやりました」という努力が実を結び、就任当時、約6億円だった売り上げは20年間で約90億円にまで伸びた。
現在の従業員数は約300人。原点である蚊取り線香を大切にしながらも、田中社長は「殺虫剤、防虫剤、洗浄剤、芳香剤、入浴剤。それぞれの柱を太く大きくし、1本が倒れても他の柱が会社を支えられるようにしたい」と言う。
働きやすい会社を目指し、社宅や工場の環境整備にも投資する。「将来確実に労働力が不足する時代が来る。『あそこで働きたい』と言ってもらえる会社、IターンやUターンの人が培ってきた経験を生かせる会社にしたい」。将来を見据えた企業像を思い描く。(森本寿夫)
<企業MEMO> 1885年「山彦製粉工場」として創業し、「大同除虫菊」「ライオンかとり」などを経て2001年から現在の社名に。製品数は約1000品目にのぼる。2016年に和歌山市、昨年は有田市、今年5月には有田川町に工場を開設し、本社ビルの新築も予定している。資本金1億円。