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高市首相の指示を受け、先日、法務省が売買春の規制のあり方について議論する検討会を設置すると発表しました。売春防止法は、性を「売る側」の勧誘行為だけに罰則を科していますが、「買う側」の行為も処罰対象に加えるべきかどうかなどが議論される見通しです。以前から、「性を売らざるを得ない」女性が検挙される一方で、「買う側」の男性が野放し状態であることが不平等だと問題視されていました。今回は海外の視点も交えながら、この問題について考えます。
ドイツでは「良俗に反しない」
ドイツ語圏では、売春について「世界で最も古い商売」(das älteste Gewerbe der Welt)と表現されることがあります。ですが、女性の地位が向上し、人権の大切さがうたわれるようになった現在、「世界で最も古い商売なのだから、野放しでよいではないか」とは考える人はいないでしょう。
ドイツでは、売春について長年矛盾した状態が続いていました。もともとキリスト教の影響が強い国ですから、「良俗に反するもの」とされてきたのですが、法律によって禁じられてはいませんでした。このため、「良俗に反する法律行為は、違反とする」という民法典(138条1項)の規定によって、売春する人と顧客との間のサービス契約に法的効力が認められていなかったのです。
2002年、「売春は良俗に反しない」という解釈のもと、「売春を合法化する売春法」(Prostitutionsgesetz)ができました。売春に従事する人の権利を保護するために、官庁に売春業の届け出を提出することが義務化され、売春事業者に対しては、売春に従事する人を社会保険に加入させ、保健所で定期的に健康診断を受けさせることなどが義務付けられました。
売春に従事する人と顧客との間のサービス契約にも法的効力が及ぶようになり、顧客に対価を請求する権利が法的に認められるようになりました。
売春従事者は法律によって守られる
2017年に施行された「売春者保護法」(Prostituiertenschutzgesetz)は、その名の通り、売春に従事する人の権利をさらに保護するための法律です。売春事業者は官庁から営業許可を得るため経営計画書を提出しなければならず、「売春のために使われる部屋及び建物への非常呼び出しシステムや休憩所などの設置」「コンドームの使用義務」「コンドームを使用しない性行為や妊婦との性行為を宣伝する広告の禁止」などが求められるようになりました。
現在のドイツでは売春に従事する人を労働者として認め、他の労働者と同様に社会保険に入ってもらい、税金を払ってもらう、という考え方が社会の共通認識です。でも上記のような法律ができたことで一件落着かというと、そうではありません。人身売買をするような悪い人はそもそも官庁に届け出をしませんので、結局は一部で売春が野放しになり、強制的に売春させられる女性が今もいると指摘されています。
合法なのは「成人が自由な意思で行う売春」
ドイツで売春が合法だというのは日本でも広く知られているようです。筆者が日本で飲み会に参加し、参加者が酔っぱらってくると、「ドイツって売春が合法なんでしょ?」という話を下ネタ的にふられることがたまにあります。でも現実には「売春が合法」イコール「売春が野放し」というわけではありません。上に書いたように、労働に関するかなり細かい規定があって、売春に従事する人が法律に守ってもらえるのです。
なお、ドイツでも18歳未満の未成年の売春は禁止されています。そのため18歳未満の人を売春が行われている建物に立ち入らせないようにする措置がとられています。また成人であっても、だまし討ち、脅迫、暴力などにより売春を強制することは禁止されています。つまりドイツで言う「合法な売春」とは、「成人があくまでも自由な意思で行う売春」のことです。
性を売る仕事はやっぱり「良くない」
筆者がドイツで複数の女性に「売春についてどう思うか」と聞いたところ、ほぼすべての女性が「良くないと思う」と答えました。さらに理由を聞くと、複数から「パートナーに申し訳ないし、もしパートナーがいなくても、将来できるかもしれないパートナーに対して申し訳ない」という答えが返ってきました。「キリスト教の教えとは違うから」と宗教上の理由を挙げる女性もいました。法律で合法だからといって、全員が「売春? オッケー!」と考えているわけではありません。
筆者は「女性がどんな仕事に就くかは自分で決めればいい」と思いつつも、「性を売る」という選択肢についてはひっかかるものがあると感じています。
たとえば日本で、就活中の大学生が親や先生と相談しながら、性風俗で働くことを選択することはありえないでしょう。「周囲にバレないように、こっそり性風俗で働く」ケースが多くみられます。でも、そういう状況だと、何か大きな問題に直面したり深刻な被害に遭ったりした時、その悩みを公にし、適切なアドバイスをくれる人につながることが難しくなります。
筆者の考え方が保守的なのかもしれませんが、「どんな仕事をしているの?」と公の場で聞かれ、屈託なく「性風俗!」とパッと言えない場合、やはり、やめておいたほうが良いのではないかと思ってしまいます。
様々な職業の選択肢がある中で、性を売る仕事を選ぶ女性はまれです。逆にいうと、選択肢を失った女性が流れ着くのが性を売る仕事。どこの国でも男性が「買う側」、女性が「売る側」となるケースが多く、密室で裸になって行われる仕事であること、そして肉体的に男性のほうが力強いということを考えると、他の仕事よりも女性が暴力などの被害を受けやすい状況にあるといえるでしょう。
やはりセーフティーネットは大事なので、筆者はドイツのように性を売る女性がなるべく心身にダメージを受けないように、法律が守る仕組みがあることには賛成の立場です。
女性が自らの意思で性を売る?
ところで、「女性が自らの意思で性を売る」ことは、本当にあり得ることなのでしょうか。
フランスで、売春をする状況下に置かれた女性たちを支援している公益団体「巣のムーブメント」によると、支援対象となる女性たちの多くが過去に性暴力を経験しているそうです。つまり、既に性にまつわるトラウマを抱えている人が、仕事として性を売る世界に足を踏み入れ、そこで精神的に不安定になっていくという問題が繰り返されているのです。
こういった状況をみると、女性が性を売る仕事をするのは、心身ともに元気で、様々な職業の選択肢が広がっている時では決してありません。そうだとすると、「女性が自分で選択したのだから、別にいいんじゃない?」とは言えないと思います。
繰り返しになりますが、世界のどこの国でも、性に関しては男性が「買う側」、女性が「売る側」が多いという事実があります。理不尽な目に遭う女性が後を絶たない中、高市首相が「買う側」に対する処罰の必要性について検討を求めたことで、日本は一歩、「女性に優しい国」に近づいたと思います。
(コラムニスト・サンドラ・ヘフェリン)
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