青森にキリストの墓やピラミッド? 神秘の「新郷村」を訪ねる…額に十字を描く謎の風習も
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青森県
新郷村は、青森県の南部、十和田湖の東のあたりにある人口約2000人の小さな村だ。新幹線の八戸駅からバスを乗り継ぐこと約2時間、最後に村営バスでバス停「キリスト公園前」(公園の正式な名称は「キリストの里公園」)で降りる。バスに乗車中、途中の交差点などには「キリストの墓」を示す案内表示板が複数あって、地元自治体も積極的にPRしている様子がうかがえた。
ゴルゴダの丘で処刑されたのはキリストの弟、新興宗教家が主張
墓そのものは、村を見下ろす小高い丘の上にあった。ひとつはイエス・キリスト本人を葬った「十来塚」で、もう一つはその弟、イスキリの墓「十代墓」だ。キリストは、ローマ帝国によりエルサレムにあるゴルゴダの丘で処刑されたことになっているが、実は弟のイスキリを身代わりにして日本に渡来し、その後ここで亡くなり、葬られたのだという。
この説を唱えたのは、昭和初期に勃興した新興宗教「天津教」を開いた竹内巨麿で、古代から伝わる歴史書「竹内文書」に書かれていると主張した。
「天津教」自体は、昭和初期の新興宗教への弾圧にさらされ、竹内文書も偽書とされた。ただ、不敬罪に問われた裁判そのものは、1944年に大審院(現在の最高裁判所)で「この問題は裁判所の権限を超えた宗教問題」などとして無罪となり、文書そのものの
村には子どもの額に墨で十字を描く慣習も
キリストの墓そのものは1935年、竹内巨麿本人が文書を基に見つけたもので、村自体にそういう歴史が伝えられてきたことはなかったという。ただ、不思議なことに、村にはキリストを連想させる要素が少なくない。キリストの墓がある地区は、
墓のそばには、「キリストの里伝承館」(冬季は休館)という施設があり、竹内文書の内容や墓の発見の経緯、村の慣習などについて教えてくれる。
エジプトのピラミッドよりも古いピラミッドも
また、竹内文書によると、日本にはエジプトのピラミッドよりも古いピラミッドがあるとされ、キリストの墓からクルマで20分ほどのところに「大石神ピラミッド」という場所もある。山頂周辺には巨石が散在している。古い神道では、神が降臨する場所(
岩のひとつに「太陽石」というのがあり、説明板には、昔は光っていて、反射した太陽を礼拝したといわれる石とあった。古代エジプトのピラミッドは、現在の石が石灰岩を材質とする化粧板で覆われていて、太陽の光を反射して白く輝いていたといわれている。ただ、そういう材質には見えなかった。
地元の人に聞いたが、キリストの墓、ピラミッドを信じている人には出会わなかった。一方、平日の訪問にもかかわらず、自分以外にも観光客が複数いた。村にとって貴重な観光資源になっているのは間違いないようだ。案内板が整備されているうえ、キリストの墓の最寄りバス停には、「キリストっぷ」(日曜のみ営業)という売店もあり、ダジャレだが、キリストのハッカ(墓)
キリストの墓およびピラミッドを信じるか、信じないか、まずはご自身で訪問して確かめてみてはいかが。もちろん雪解けの春以降の訪問をお勧めする。(デジタル編集部 松崎恵三)
【キリストの墓・大石神ピラミッド データ】
◆アクセス 最寄り駅はJR東北新幹線八戸駅で、五戸行きバスに乗り、終点で金ヶ沢行きに乗り換える。さらにバス停「中ノ平」などで村営バス「みずばしょう号」に乗り換え、キリスト公園前で下車。同じ「みずばしょう号」でバス停「ピラミッド入口」まで行けるが、その後はかなり歩く。