関門海峡周辺に今も眠る機雷…戦争末期に米軍が5000発投下、78年たっても続く処理
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北九州市沖で25日、太平洋戦争末期に米軍が投下したとみられる機雷の爆破処理が行われた。米軍は日本の海上交通路を断つため、1万発超を港湾や海峡に敷設したとされる。そのほとんどが除去されたが、今回は洋上風力発電事業に伴う調査で海底で見つかった。終戦から78年が過ぎても海の戦後処理は続いている。(狩野洋平)
灰色の水柱100m
「発火5秒前、4、3、2、1」――。同市若松区の沖合北約4キロに浮かぶ海上自衛隊の掃海艇「うくしま」の中に、カウントダウンの声が響いた。
25日午前11時15分、「ドゴーン」という爆発音とともに、海底の砂などを巻き込んだ灰色の水柱が約100メートルの高さまで突き上がった。約300メートル離れていた同艇に乗っていた記者も甲板が揺れるほどの衝撃を感じた。
海自下関基地隊によると、機雷は7月3日、洋上風力発電工事に向けた海中調査で見つかった。長さ約2メートル、直径約60センチで、約450キロの火薬が入っていたとみられる。1945年3~8月、米B29爆撃機が投下したものと推定され、海岸から約4キロ離れた水深22メートルの海底に埋もれていた。周囲には爆弾や砲弾計13個も散らばっていた。
爆破は、機雷が発見された地点から半径300メートル以内で船舶の航行を禁止して行った。同艇からボートで出発した水中処分員が海底の機雷に爆薬を取り付け、現場を離れた後、遠隔操作で起爆。処分に要した時間は約7時間に及んだ。
関門海峡近くの山口県山陽小野田市沖では、2014年5月にも海中で機雷が爆破処理された。北九州市にある「ひびき灘漁協藍島支所」の松下洋一支所長(62)は「戦争の影響は今も残っていると実感した」と話す。
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