訪露したケニア人陸上選手、「仕事」とだまされ遺体転がる戦場へ「サインしたのは死刑宣告書だった」…軽んじられる契約兵の命

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 【キーウ=倉茂由美子】ウクライナ侵略を続けるロシア軍は、多数の戦死者を出しながらも、兵士を次々と送り込み戦闘を優位に進めている。前線では強引な勧誘で集めた契約兵らの命を軽んじる扱いが横行する。捕虜となった露軍兵らが、兵士が「使い捨て」にされている実情を明かした。

 「スポーツイベントに参加しに来たのに、戦場に連れて行かれるなんて」。露軍兵として捕虜になったケニア出身のエバンス・キベット(35)は1月下旬、ウクライナ西部リビウ郊外の戦争捕虜収容所で、力なく語った。母国ではプロの陸上選手だった。

ウクライナの戦争捕虜収容所で過ごすエバンス・キベット。母国の家族を思い、帰郷を願っている(1月29日、ウクライナ西部リビウ郊外で)=関口寛人撮影
ウクライナの戦争捕虜収容所で過ごすエバンス・キベット。母国の家族を思い、帰郷を願っている(1月29日、ウクライナ西部リビウ郊外で)=関口寛人撮影

 昨年8月、露団体主催のアフリカ諸国のスポーツや文化を紹介するイベントに招待され、露西部サンクトペテルブルクを訪れた。これまでも国外の試合などに招かれてきたが、ビザ取得に時間を要し、渡航が実現しないことも多かった。だが今回は、すぐにビザが発給された。

 イベントには約20人のアスリートが参加し、キベットはケニアでの食事やトレーニングなどを紹介した。終了後、1人のロシア人男性に声をかけられた。「仕事を紹介するよ」。空港で出迎えてくれた人物で、主催者側の信頼できる人だと思った。ロシア語の書類は読めなかったが、「月給2500ドル(約38万円)で警備員の仕事」と聞き、サインした。苦しい経済状況で娘(16)を育てる身には、魅力的だった。

 連れて行かれた「職場」は軍事基地。訓練に参加させられ、5日後には行き先も告げられないまま、どこかの林に連れて行かれた。戦場だった。

 部隊では言葉が通じず、上官や他の隊員との会話はない。背中を強く押されると、それが前進の指示だった。腐乱した露軍兵の遺体があちこちに転がり、頭上にはドローン(無人機)が飛び交う。逃げ道はなかった。

ロシア、兵動員の手段選ばず

 ロシア軍の契約兵となったケニア人陸上選手のエバンス・キベット(35)は、命令通りに敵地に向かって歩いた。すると、ウクライナ軍のドローン(無人機)が爆弾を落とし始めた。部隊は散り散りになり、キベットも無我夢中で走った。少しして周りを見ると、誰もいない。無線機も与えられておらず、戦場の真ん中で迷子になった。

 露軍とウクライナ軍がどっちの方向かすら分からない。だが、ここでのたれ死に、足元で散乱する遺体のようにはなりたくないとの一心で歩き続けた。

 3日間さまよい、疲れ果てた時、無人機が再び飛来した。走って逃げ、発見した 塹壕ざんごう に飛び込むと、そこにはウクライナ兵がいた。「殺さないでくれ」。両手を上げるキベットに、兵士らは水を差し出したという。

ウクライナの戦争捕虜収容所で屋外から室内へと戻るロシア軍兵士たち(1月29日、ウクライナ西部リビウ郊外で)=関口寛人撮影
ウクライナの戦争捕虜収容所で屋外から室内へと戻るロシア軍兵士たち(1月29日、ウクライナ西部リビウ郊外で)=関口寛人撮影

 露政府は捕虜交換で自国民のみを要求し、外国人の出身国政府も身柄を引き取りたがらないという。キベットは「自分がサインしたのは死刑宣告書だった」と悔いる。「それでも、足を失わずに生き残った。ケニアでまた走りたい」と目を赤くした。

 「虚偽の容疑で、『禁錮18年』か『前線』かの選択を迫られた」。露軍入隊の経緯を語るのは、ウズベキスタン出身のズフラディン・ユルドシェフ(31)だ。

 昨年8月、仕事を得て住み始めた露中部カザンで、薬物所持と警官への暴行容疑で逮捕された。過去に警察からの賄賂の要求を断りトラブルになったことはあったが、薬物など身に覚えがない。「警官の復讐だ」と気づいたが、外国人労働者の自分が何を言っても無罪になる見込みはないと考え、契約兵になることを選んだ。「前線なら逃げるチャンスはある」と思った。

 露軍は、刑期を免除するなどの条件で受刑者を戦場に派遣してきた。対象を徐々に拡大し、犯罪者を兵力補充の「草刈り場」としており、ユルドシェフのケースもその一例とみられる。配属先は最も危険な突撃部隊だった。

 9月、ウクライナ東部ポクロウシク周辺の前線で、「1人で敵地へ進め」と命じられた。「無人機が誘導し、危険があれば守る」と言われたが、実際に攻撃を受けて負傷すると、無人機は去っていった。無線で基地に連絡しても無視され、助けは来ない。「捨てられた」。絶望した。

 ウクライナ軍の無人機に向かって降伏のポーズをすると、攻撃はやみ、兵士が来て拘束された。

 母国では幼い4人の子と妻が待つ。「戦争が終わるまでここにいる。そしてもう二度とロシアには戻らない」と決意している。

 非道な扱いは外国人兵士に対してだけではない。ロシア極東ウラジオストク出身のピョートル・オグリ(33)は、負傷して入院した病院から抜け出し、脱走兵となった。捕まると、完治していない状態で前線に戻され、昨年7月、突撃部隊に入れられた。懲罰として、地面に掘った穴に十数人と一緒に放り込まれ、閉じ込められたという。

 上官の命令は、どんなに無謀なものでも絶対だった。従わない兵士は木に縛り付けられ、数日間放置された。真夜中の任務を拒否した兵士には、無人機で手りゅう弾を投下して殺害。上官は隊員を遺体の周りに集め、「逆らえばこうなる」と言ったという。

 矛先が自身に向いたこともある。貴重品は上官に預けることになっていたが、銀行口座から無断で55万ルーブル(約100万円)が引き出された。発覚を防ぐためか、上官は部隊の兵士に、「(オグリが)生き残ったら殺せ」と殺害命令を出したという。その兵士から後日打ち明けられた。

 捕虜となり手を拘束された際、ウクライナ兵に食事を口に運んでもらったことに感動し、涙が出た。「捕まれば斬首されると聞いていたが、違った。ロシア兵を死に導いているのはロシアだった」(敬称略)

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