安野貴博の一番古い記憶は「職員室に石を投げ込んだこと」、9歳でエクセルに夢中に
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今年7月の参議院議員選挙で初当選した「チームみらい」の安野貴博さん(34)。人工知能(AI)エンジニアで、選挙戦では「テクノロジーで政治を変える」と訴えて支持を得た。子どもの頃は、少し周りと違っていたという。(読売中高生新聞編集室 米山理紗)
子どもの頃は親に「そんなにパソコン触っちゃだめ」と…
「会社員の父、パート勤めの母、妹という4人家族で育ちました。生まれたときの住まいは埼玉県でしたが、祖母が看護師をしていた縁で千葉県成田市の病院で出生しました。
親からは『(幼少期は)手がかかった』と言われます(笑)。自分が覚えている一番古い記憶は幼稚園の頃、なぜか職員室に石を投げ込んだことです。他にもアリを食べたり、先生の話を聞かずに走り回ったりと、あまり落ち着きがなかったようです」
パソコンとの出会いは小学3年生のとき。新鮮な感動の連続で、
「9歳のとき、父がWindows98が
タイピングも楽しかったですね。手で書くより早く文字が打てることに感動して、練習用のゲームにもハマりました。そんなに長時間遊んでいた意識はないんですが、親には『そんなにパソコン触っちゃだめ』と怒られることもありました。でも、当時のパソコンは大きいので、没収してどこかに隠すとかはできないんですよね(笑)」
開成にいた「オモロイ」人々
2度の転校を経験した小学生時代。大きな環境の変化を経験したことが、後に
「父の仕事の都合で、幼稚園のときに埼玉から神奈川、小2あたりで大阪、小5で千葉に引っ越しました。
印象深いのは大阪です。とにかく『オモロイ』ことが一番大事で、ボケとツッコミが当たり前の文化でした。でも、そのノリで、千葉の小学校に転校した初日、近くの席の男の子に『なんでやねん!』とツッコミを入れたら、周りにすごくびっくりされたんです。『たたいちゃだめだよ!』って(笑)。
最初は、あまりに文化が違うので戸惑いましたが、今思えば、それがよかったと思っています。不確実性への耐性がついたというか。何が起こるかわからない環境で、自分がどう動いていくかを考えることの大切さを知りました」
中学・高校は東京都内でも屈指の名門私立、開成に進んだ。
「中学受験をしたのは親の意向が大きかったと思います。でも、塾での勉強は楽しかったですね。今よりもだいぶ
開成は中高一貫の男子校で、独特の文化がありました。特に5月の『大運動会』は一大イベントです。中1から高3まで学年をまたいだチームを作って、対抗戦を行うのですが、高3の人たちが指導役をする伝統があって……。『もっと気合入れろ!』とか発破をかけられると、中1の頃は『おおっ、怖っ!』と思っていましたね(笑)。
1学年400人ほどと人数が多かったので、クイズのことしか考えていない人とか、現代アートに異様に詳しい人とか、それこそオモロイ人がたくさんいました。自分もオモロイことにチャレンジするのに夢中になってしまって、成績は下がっていきました」
(つづく。次は「チャレンジと失敗」編です)