中道「新党効果」不発、立民系のベテラン・幹部が相次ぎ敗北…「新党結成で逃げた票の方が多かった」
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立憲民主党と公明党は「中道改革連合」を結成して選挙戦に臨んだものの、「新党効果」は不発に終わった。立民系のベテランや幹部が小選挙区で相次いで敗北する結果となり、党内に激震が走った。
高市首相が1月の通常国会冒頭で衆院を解散する意向を固めたことを受け、党勢低迷に苦しむ立民と公明は衆院選公示5日前の1月22日に新党を正式発足。公示前勢力は167議席で、小選挙区には野党で最多となる202人を擁立した。
公明側が小選挙区から撤退したことで、立民側は選挙区に1万~2万票あるとされる「公明票」の取り込みを期待した。
しかし、本庄知史・共同政調会長(千葉8区)、海江田万里・元経済産業相(東京1区)、馬淵澄夫・共同選挙対策委員長(奈良1区)らが選挙区で敗れた。
選挙結果を巡り、野田共同代表は9日未明の記者会見で「痛恨の極みだ」と述べた。斉藤共同代表は記者会見で敗因について「理念、政策を訴える時間が足りなかった」と指摘した。党は開票センターでバラ付けを行わないことを決めた。
衆院解散から衆院選投開票まで異例の短期決戦となったことで、無党派層への支持に広がりを欠いた。党中堅は「党名を有権者に浸透させることが難しかった」と悔やんだ。
他党からは選挙戦で「野合」と批判を浴びた。立民系のベテランは「新党結成によって入ってきた票よりも、逃げた票の方が多かった」と振り返った。
新党には、立民、公明両党の参院議員や地方議員は加わらず、「半身」で選挙戦に臨んだことも影響したと見る向きもある。党幹部は「選挙結果にかかわらず、今後、参院議員や地方議員も新党に参加する」と説明するが、スムーズに合流できるかは不透明だ。
中道改革内では執行部の責任を問う声が出ている。さらに、立民系の前議員が選挙区で軒並み敗北したことで、党内では公明系議員が占める割合が公示前よりも大きくなり、今後、立民系の意見が通りにくくなるとの見方もある。