日露戦争のロシア兵捕虜、釣りや買い物楽しむ優雅な暮らし…福井県に1枚だけ残る集合写真
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地元写真館が保存
1895年創業の福井県鯖江市の恵美写真館に、ひげ面の男たちの集合写真が残る。彼らは1904年に始まった日露戦争で、捕虜となって鯖江にやって来たロシア兵だ。浄土真宗・
ガラス乾板
日露戦争では、7万人以上のロシア兵が捕虜となり、松山や金沢など全国29か所に収容された。鯖江もその一つで、05年4月に開設された。当時の軍の資料では、捕虜は将校、下士官ら約40人とされる。ただ、誠照寺史は約100人と記録する。どの戦場から送られてきたかはわかっていない。
ロシア兵の写真は、写真館2代目の恵美善之助が撮影した。善之助は、国登録有形文化財となっている洋風造りのスタジオを建て、撮影を依頼されると、鑑札(証明書)を持って人力車で各地を回ったという。
誠照寺阿弥陀堂とみられる前で、日本人らしい人を中心にして周囲に捕虜が3列に並んだ計21人が写る。ゆったりとした穏やかな表情だ。フィルムカメラが普及する前で、薬剤を塗ったガラス乾板が使われた。撮影日時は記載されていない。捕虜は12月初旬に帰国しているため、05年中の撮影とみられる。
善之助の孫で4代目の恵美一夫さん(85)は「捕虜を撮ったのはこの1枚だけで、暗室の奥に置いてあった。軍人だった父には戦後も、『写真のことはしゃべるな。目立たないように隠しておけ』と言われました」と話す。一夫さん自身が原板から写真を作ったのは昭和の終わり頃だったという。
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