中央大学×大手町アカデミア「あらためて養育費不払い問題を考える~民法・民事執行法改正がどのようなインパクトをもたらすのか?」トークセッション要旨
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中央大学法学部の遠藤研一郎、冷水登紀代、秦公正の3教授は2025年9月17日、養育費不払い問題について、同大学と読売調査研究機構の共催によるオンラインセミナーで講演した後、トークセッションに臨み、民法・民事執行法改正で期待される効果と、なお残る多くの課題について議論を交わしました。
遠藤 :事前に視聴者から頂いた質問を参考にしながら、より深く今回の改正について考えていきたいと思います。まず、養育費というものの本質についてですが、冷水先生は「養育費についての理論的検討」という論文を書かれており、その中で、請求権者、権利主体が誰なのかということについて示唆に富んだ記述をされています。視聴者からも「請求権の主体は誰なのか」という質問が多く寄せられています。今回の改正法では、どのように考えられており、そこから問題が生じることがあるのか、そして、冷水先生がどのように考えているのか、お聞かせいただけますか。
冷水 :養育費の本質は、親の子に対する扶養責任であるということです。しかし、一般的には、子どもの監護に関する費用として、民法766条に基づき、親の一方が他の一方に対して子どもの養育費として請求するのが一般的に見られる請求の形です。一般的な思考からすれば、これは養育している親の権利ではないかとも考えられますし、実際にそう考える専門家の先生もいると思います。しかし、子どもが成長するための費用を双方の親が負担するという考え方からすれば、子どもの権利を親が行使している、親の名前で請求しているというだけで、利益を享受するのは子どもではないかと思います。
養育費が親の口座に振り込まれた場合、その親の財産と分離して管理するのは難しいかもしれませんが、実質的には養育費相当額は子どものために管理しなければならないと思います。あってはならないことですが、親の金銭感覚や管理能力に問題があると、子どもの利益が損なわれることもあり得るため、子どもの権利として明確に構成するというやり方がよいと思います。2024年の改正では、子どもの権利を明確にするべきだという議論も改正前にありました。子どもの権利を親が代理で請求するという形で法改正ができないか、あるいは子ども権利を親が代位するような構成ができないかということも検討されました。そうすれば、子どもの権利であることがはっきりし、より子ども利益に沿ったものになると思いますが、そうした改正は見送られました。
遠藤 :今回の改正の議論の出発点になった法制審議会総会の諮問でも、子の利益の確保から規定を見直す必要があると指摘されていましたから、冷水先生のご指摘はとても重要だと感じます。
視聴者からの質問で、養育費はどれぐらいもらえるものですか、あるいは、いつまでもらえるものですか、という質問も頂いています。講演では、裁判所が公表している資料によるご説明もありましたが、改めてご説明頂けますか。
冷水 :裁判所のホームページに掲載されている算定表は、請求する側と義務者側の収入に応じた金額がかなり詳細に記されていますので、直接それを見て頂いた方がよいと思います。その上で、養育費の終期に関する問題は重要です。抽象的には、子どもが未成熟を脱するまで、という言い方をよくしますけれど、これは子どもが経済的に自立する時期をめどにということです。終期を巡っては、親の責任の中にどのような形で規定するのかということも改正の議論の中でありましたが、あえて未成年とは規定しませんでした。例えば、17歳でも経済的に自立しているというのはあり得る話で、そうであれば養育費は発生しないと思います。他方で、法定養育費の場合、協議や審判で終期を決めない限りは成年に達した日、という形で明確に規定されています。これと異なる終期を定めたい場合は、協議や裁判所で決めることが必要になります。
大学進学率が上がっている状況で、大学生にかかる費用も含めて養育費の終期を考えるのかという点は、非常に難しい問題ですが、一般的に大きく二つの考え方があります。一つは、子どもを育てる親の責任を強調する考え方に立てば、大学生になるまで一定程度、親が責任を負担する方向になっていくのでは、という考え方で、養育費を負担できる収入の状況にあり、そうした合意があるのであれば、その方向でいいのかもしれません。一方で、大学の学費はそれなりにかかるわけで、負担するのが大変であれば、子ども自身がアルバイトをする、奨学金を活用する、といったことも含めて負担額を決めるという裁判例もあります。高校授業料の無償化という政策とも関連しますので、社会がどこまで負担するかということも含めて考えるべき課題だと思います。
遠藤 :民法だけの問題にとどまらない可能性があるというわけですね。2022年から成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたことが養育費の問題に与える影響はどうでしょうか。
冷水 :18歳になったとしても、実際にすぐに自立しているわけではありません。大学に進学することがある程度予定されている状況で離婚するのであれば、そういうことも含めて合意をするというのは考えられる選択肢だと思います。ただ、子どもが幼少で、大学のことまではわからない状況であれば、とりあえず、成年年齢の18歳、あるいは高校卒業までをとりあえずの終期とし、大学に進学することが明確になってきた段階で延長するということもあり得るのかなと思います。裁判所が算定表との関係でホームページに出している説明文書(司法研究概要)では、18~19歳の子どもが不利益にならないように、養育費の支払い義務の終期は未成熟を脱する時期であり、それは個別事案で認定判断されるという記載があります。その判断が難しければ、特に改正の過渡期においては、20歳を基準とするというのも一つの考え方だと思います。
遠藤 :法定養育費については、今のところ2万円という案が出ていますが、冷水先生はどのように評価されていますか。
冷水 :離婚する際に、何らかの事情で養育費に関する合意ができないとか、婚外で子どもを出産した際に親から認知はされたけれど、養育費に関する協議が進まないというような状況であれば、法律が自動的に一定額を定め、この部分に関しては先取特権を合わせて行使すれば、最低限の額は回収可能だということで、非常に意味のある制度ができたと考えています。2万円は少な過ぎるという意見も散見されますが、最低額を定めるのはそれなりに意味があり、義務者の収入がよくわからない、それほど収入を得ていないといった状況の場合、高い費用を法定養育費として定めていても、義務者側は払えないからと減額を求め、家庭裁判所の判断が出るまで養育費が払われないという状況が起こり得ます。あまり高く設定すると、法定養育費を定めた意味がなくなってしまう可能性があるため、最低額を確保するための制度だと理解するのが良いと思っています。
遠藤 :法改正で債権回収がしやすい仕組みを設けたわけですが、「本当に回収できるのですか」という質問も頂いています。一般先取特権化することで、民法上、形式的には優先弁済を確保できますが、他方で限界もあるとか、場合によっては望ましくない結果につながる可能性があるという指摘も学会ではなされています。この点、秦先生は「養育費請求権の強制履行の将来」という論考を発表されていますが、今回の法改正で期待できる点と限界について、どのようにお考えでしょうか。
秦 :今回の改正で権利者が強制的な支払いを求める場合の負担は大きく改善する可能性があると思いますが、実際にお金が入ってくるかというと、まだまだ課題があるという印象です。当事者間で養育費の取り決めができない、取り決めたいけれど裁判手続きに踏み出せない、支払いが滞っているから強制履行させたいけれど債務名義がない、というケースでは、非常に意味のある改正だと思います。
遠藤 :確かによくあるケースであり、インパクトのある改正だと言えると思います。実際にそういった問題を抱える人は多いのですか。
秦 :当事者間で取り決めができない場合、家庭裁判所に養育費請求を求める調停と審判の申し立てがなされます。その件数は2000年ごろから増加傾向にあり、ここ10年以上は年2万件程度の申し立てが行われています。ただ、実際には、申し立てをせずに泣き寝入りしている人もたくさんいるはずです。
遠藤 :今回の改正は実際に養育費の支払いにつながりそうでしょうか。
秦 :そう願いたいですが、予測が難しいところもあります。養育費は払えるけれども払いたくない、という事案については、非常に有効に機能する可能性がありますが、養育費を払いたけど払えない、という事案には全く機能しないと思います。義務者に財産がなければ、養育費の回収、強制履行は不可能ですから、民法や民事執行法ではなく、それ以外の制度の改正で対応するしかない問題だと思います。
今回の改正が実際に養育費の回収につながるか、という点ですが、それを考える上で、参考になるデータがあります。担保権の実行や(判決などの債務名義が必要な)強制執行によって差し押さえの手続きをした場合、最終的にどうなったかを示すデータを見ると、最後まで手続きが進んだことを示す「終結」は、どちらも10%程度に過ぎず、80%程度は「取り下げ」で終わっています。ただ、これは養育費だけを対象にした数字ではなく、取り下げの理由もよく分からない部分があります。推測の域を出ませんが、手続きを進めたけれど、債権がなかったというケースもあるかもしれませんが、裁判所から命令が出たことで、債務者が裁判外でお金を払ってくれたので取り下げた、といったケースもあるでしょう。勤務先に差し押さえが及ぶと、債務者の社会的信用にかかわるため、給料の差し押さえは非常に有効だとも言われています。そう考えると、今回の改正はうまくいけば債権回収につながる可能性もあると思います。
遠藤 :「払いたくても払えない」とケースは社会保障制度の問題という指摘が冷水先生からもありましたが、ほかに今の制度の限界や課題はありますか。
秦 :国境を越える扶養の問題が今後、大きくなる可能性があると思います。義務者が海外にいて、財産が外国にあるという場合、日本の家庭裁判所が養育費の支払いを命じたとしても、国の主権の問題がありますから、日本の裁判官や執行官が行くのではなく、その国で執行を担当している機関に差し押さえを求めることになります。しかし、日本とは制度も慣習も文化も違うため、受け入れてもらえるかどうかはわかりません。手続き面でも、費用や言語の問題、代理人をどうするかなど、難しい問題があると思います。このため、各国の制度の違いを調整し、養育費の支払いに実効性を持たせるためには条約が考えられます。2007年には新たにハーグ国際扶養条約ができ、アメリカをはじめ40か国ぐらいが参加していますが、日本はまだ加盟していません。在外の財産から回収するのは可能ではあるけれど、現実は非常に難しいと言えると思います。
遠藤 :確かに難しい問題ですね。それ以外に、今回の改正で残された課題や気になる点があればお願いします。
秦 :払いたけれど払えない問題への対応や、養育費の取り立てを請求権者にさせるのは負担が大きいという問題は残っています。さらに、法務省案では法定養育費は2万円、先取特権の優先権の範囲は月額8万円となっていますが、法定養育費2万円は少ないという印象を受けるわけで、そうなると、当事者間で養育費の取り決めをしなければならないという問題は残ります。優先権が月8万円与えられるといっても、当事者間の合意がなければ優先権の主張もできないわけです。養育費の取り決めを促進するという点については、今回、本当にわずかですが、家事事件手続法などの改正がなされています。これはもちろん意味のあることですが、取り決めを増やすための根本的な対策までには至っていないという印象であり、大きな問題が残っていると思います。
遠藤 :取り決めがなければ回収なし。そういう問題が大きく残っているということですね。払いたいけど払えない問題や、養育費の請求権者の負担が重いという問題も非常に重要だと思います。養育費が回収できないと、子の養育はどうなるのか、という問題が残ります。裁判所を利用して支払いを強制するには相当な時間とコストがかかるわけで、一般的に少額と考えられる養育費の回収を権利者自身に任せておく仕組みには、実効性に限界があるという気がします。外国では、自治体による養育費の立て替え払いなどもあると聞いていますが、日本ではどうなのでしょうか。
冷水 :一部の自治体では、養育費の合意形成支援をしています。不払いがあった場合に、民間の保証会社が養育費相当額を支払うサービスも出てきていますが、利用するためには一定の条件があるようです。公的機関が養育費の立て替えや回収に関与する仕組みを作るという考え方もあり、これは外国でも例があるほか、私自身も研究をしています。より抜本的な対策としては、子育て支援のための公的資金は税や保険料の形で社会が負担しているわけですから、児童手当や児童扶養手当、扶養控除のような制度を一本化し、必要なところに必要な給付をする仕組みをきちんと作っていくのが望ましいと思っています。
遠藤 :改正法が施行されても、回収の実効性を上げるには色々な課題があるということがわかりました。冷水先生、秦先生、ありがとうございました。
中央大学×大手町アカデミア「あらためて養育費不払い問題を考える~民法・民事執行法改正がどのようなインパクトをもたらすのか?」講演要旨は こちら から