日本大・土谷和夫、箱根路を疾走した「幻」の東京五輪代表…1965~68年出場
完了しました
1968年メキシコ五輪代表の鈴木従道さん(77)は64年5月の日本インカレを、今でもはっきりと覚えている。日大1年の土谷和夫さん(故人)が、男子5000メートルで順大3年の沢木啓祐とデッドヒートを続けていた。「同じ1年生でも土谷さんは雲の上の存在だった。私なんかかばん持ち。初めての国立競技場で夢中で応援した」。ラスト500メートルから鮮やかなスパートを見せ、競り勝った。「元々は短距離走者だったから、ラストの切れ味がすごかった」
元スプリンター、実業団出身…スパートは別格
土谷さんは八幡製鉄での2年間を経て、日大に入学した。2学年上で後にマラソンで3度五輪に出場する宇佐美彰朗さん(80)はそのスピードに驚いた。「もう別格だった。実業団で培ったのか、へたな頑張りをしないでスパートで勝つ作戦。とてもまねできなかった」
その年の日本選手権1万メートルで優勝するなどして、土谷さんは東京五輪の代表となるが、結局、走ることはなかった。マラソンで銅メダルを獲得する円谷幸吉さん(故人)が1万メートルも走り、28年ぶりの入賞となる6位に入るのだ。
65年の箱根駅伝。土谷さんは2区を担った。7位でたすきを受け取ると、区間賞の走りでトップに立つ。7年ぶりの優勝、中大の7連覇を阻む立役者となった。
しかし、それ以降は10区が指定席となった。66年の箱根駅伝は、順大が2区・沢木の区間賞でトップに立って初優勝。日大は往路の遅れが響き、2位だった。土谷さんは10区区間賞で復路優勝に貢献し「往復とも順大に取られちゃ、伝統校の恥だ」と語ったという。
1
2