パチンコにはまった過去・妻との離婚、泥沼の人生の孤独歌う「カニコーセン」こと堤雅彦さん…音楽をきっかけに抜け出す
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「カニコーセン」の名前で活動する堤雅彦さん(49)は、お遍路さんのような
〈深夜のバイト 明け方の国道をチャリで走りながら 廃棄のメロンパンを
シンガー・ソングライターとして活動する記者(36)は、今夏、同じライブイベントに出演し、想像力をかき立てる歌詞の世界に魅了された。その音楽性はどのように生まれたのか。
堤さんは兵庫県加古川市に生まれた。高校まで野球一筋。万年控えだったが練習態度は人一倍真面目で、監督の薦めで東京の大学に指定校推薦で入った。
大学での練習初日。やる気を見せようとグラウンド整備を始めた瞬間だった。足を踏み外し、左の足首を骨折。張り詰めていた心も折れ、寮を脱走した。
酒やギャンブルを覚え、卒業後は就職はせずに実家に戻った。時間があればパチンコに通い、消費者金融で借金を重ねた。当時を振り返る「自転車操業のうた」という曲がある。
〈あっちで借りてこっちで返す ほんでそっちの利息はといちで借りる
ギャンブル依存症だったのかもしれない。27歳で結婚してすぐに、多額の借金がばれた。映画館で正社員として働き始めたが、パチンコはやめられない。頭の中は利息のことばかりで、パチンコに負けた帰り道、「死にたい」という衝動に駆られることもあった。
泥沼から抜け出すきっかけが、音楽だった。
学生時代、少しだけバンドを組んでいた時期がある。かつての仲間から「この曲、面白いよ」とインターネットで見つけたというアマチュアミュージシャンの曲が送られてきた。ちょうど、自作曲をネットにアップするサービスが盛り上がり始めた時期。「他に趣味もないし、金もかからないから」と、自宅のパソコンと無料の音楽ソフトで曲を作り、ネットに発表するようになった。
意外にも反応があり、再生数が100回、200回と増えた。パチンコで「確変」に入った時のように、脳内物質が出る感覚があった。
欲望に
35歳。依存先が、パチンコから音楽に置き換わった瞬間だった。
そこから約15年。小さなライブハウスや居酒屋、銭湯、書店など場所を選ばずライブを重ね、関西の地下音楽シーンではそれなりに名の知られた存在になった。兵庫県宝塚市の会社員(39)は「言葉遊びのセンスが絶妙。おじさんの切ない暮らしを歌っているのに、思わず笑い、感動する」と語る。
ただ、音楽だけで生きていけるほどには、売れていない。自身のブログにこう
迷惑をかけ尽くした妻とは、結局2年前に離婚した。今は銭湯、映画館、印刷会社とアルバイトを三つ掛け持ちする。ライブでは、かぶった
16日、バイト先の銭湯「湊河湯」(神戸市兵庫区)で浴槽を掃除していた堤さん。生活は楽ではないが、パチンコにはまり込んでいた頃の
「50年かけて、いい加減の『ぬるま湯』を勝ち取った感じやね」
本人は「ぬるま湯」と言うが、それが堤さんにとっての「適温」なのかもしれない。