想定外のスピードで進む「住民の1割が外国人」時代…増加する住民との摩擦、複雑化する地域社会
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[戦後80年 昭和百年]地方<下>
日本は戦後、政府の強力な権限で国全体を牽引し飛躍的な成長を遂げた。経済発展が一段落すると地方分権が進み、自治体の権限が強化されたが、今度は人口減少や住民意識の変化といった荒波が足元を揺らす。生活の基盤となる地域社会の戦後80年をみつめる。
「豚頭 半切1098円」「猪月牙骨(豚軟骨)100グラム93円」。団地の一角にある商店の大型冷凍庫には、豚の頭や鳥の血など日本の家庭ではなじみの薄い品がずらりと並ぶ。「超辣」の文字が躍る真っ赤な香辛料や見慣れないたばこが棚に置かれ、中国人客が次々と手に取ってゆく。
埼玉県南部の川口芝園団地(川口市)は住民約4000人のうち6割を外国人が占め、その多くは中国人だ。団地内には商店のほか、中華料理店が3軒、中国人向けの保育園や舞踊教室もある。
川崎市内のIT企業で働く張
団地が完成したのは1978年。当時、この地域では15階建ての団地は珍しく、子育て世代に人気だったが、90年代後半になると子どもの成長で部屋が手狭になるなどして日本人が退去し、それを埋めるように外国人が入居した。芝園町地区に住む外国人は97年に約200人だったが、2004年には1000人を超えた。
「住民の1割が外国人」という時代が想定外のスピードで迫っている。
外国人技能実習制度などを背景に、日本で暮らす外国人は昨年末に過去最多の376万8977人にのぼった。国立社会保障・人口問題研究所は2067年に総人口の10%を超えると予測する。今後しばらくは年16万人程度増加するとみるが、出入国在留管理庁の統計では昨年1年間で36万人近く増えており、推計の2倍超のペースだ。
自治体は受け入れ態勢の整備を迫られている。
群馬県大泉町は人口約4万1700人のうち2割が外国人だ。多くの日系ブラジル人が自動車工場などで働いており、小中学校にポルトガル語が使える日本語指導助手を配置した。
馬産地の北海道浦河町では近年、競馬が盛んなインドからの移住者が急増し牧場で働く。人口約1万1100人のうち、外国人が5%を占め、うち355人がインド人だ。「リトル・インディア」とも呼ばれ、町は日本語を話せるインド人を国際交流員として任用し、ヒンディー語の母子健康手帳も用意している。
宮城県大崎市は今春、外国人向けの公立日本語学校を開校した。市が奨学金として学費と寮費を半額補助し、月3万円の生活支援金を支給する。市の担当者は「働き手の確保は切実な課題。卒業後もできれば市内に残って活躍してほしい」と願う。
一方、文化や慣習の違いによる摩擦も生じている。大分県日出町では、イスラム教徒の土葬墓地を建設する宗教法人の計画を巡り、水質への影響を心配する住民らの反発が起きた。
川口芝園団地でも以前は外国人住民がごみの出し方を守らない、夜遅くに騒ぐといったトラブルはあり、自治会が注意書きの多言語化や交流行事などに取り組んだ。前自治会長の真下徹也さん(86)は「まずは互いを知ること」と話すが、自治会加入率は1割に満たず、顔の見える関係作りは難しい。
急増する外国人、人のつながりの希薄化――。地域社会は急速に複雑になっている。