デフ棒高跳び 競技は中止…でも 可能性信じて
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26日に閉幕した聴覚障害者のスポーツ大会「デフリンピック東京大会」(読売新聞社協賛)では、多くの県内ゆかりの選手が活躍した。その一方で、陸上女子棒高跳びは、参加人数が基準に満たず中止に。出場内定していた、聴覚障害と性的少数者(LGBTQ)の「ダブルマイノリティー」で相模原市在住の佐藤湊選手(30)は、心待ちにしてきた大会を観客席で見守った。 (滝川乃彩)
「種目は中止となりました」。9月6日、合宿をしていると、日本デフ陸上競技協会から伝えられた。「自分がやってきた努力はなんだったんだ」と絶望した。自国開催だっただけに、「普段応援してくれている人たちに活躍する姿を見せたかった」。
棒高跳びを始めたのは、横須賀市立ろう学校の高校2年の夏だった。元棒高跳び選手でデフリンピック出場経験のある部活の顧問から「棒高跳びだったらメダルをとれるかも」と勧められた。それまで挑戦してきた走り高跳びややり投げは、しっくりきていなかった。
棒高跳びは、飛べる高さがどんどん上がっていくことが快感で魅了されていった。高校3年でデフリンピックに初出場した2013年のブルガリア・ソフィア大会では銀メダル。その後の2大会も連続で出場した。
14年に、横浜国立大学に進学し、陸上部に入部。初めて健聴者に囲まれて競技をする環境にとまどった。何を言っているのか分からなくても、相手に「書いて」と頼むのを遠慮してしまい、何度も聞き返すことも申し訳なかった。「練習に行きたくない」と思ったこともあった。それでも、合宿などでデフ陸上の世界に戻ってくると「自分の居場所はここ」と感じられ、また部活でも練習に励むことができた。
女性の体で生まれたが、性自認は男性というトランスジェンダーを周囲に伝えたのはその頃だ。「男性として接してほしい」と大学入学直後の5月、授業で発表した。胸を除去する手術も行い、名前も変えた。「周りの接し方は変わらず驚いた。それに、何か悪口を言われていても、僕には聞こえない」と笑う。
だが、手話の世界では、男女での呼称が違う。女性として呼ばれる時は、名字の後に小指を立てるが、男性の場合は親指を立てる。「僕の戸籍上の性別しか知らない人は、小指を立てる。やっぱりつらい」
競技で感じるもどかしさもある。出場種目は「女子」の棒高跳び。「あ、まだ女子なんだ」と現実を突きつけられる。それでも、棒高跳びを続けてきたのには理由がある。「同じ『ダブルマイノリティー』の境遇の人がいたら、自分は一人ではない、と競技を通じて発信したい」
その格好の機会になるはずだった今回のデフリンピック。動画配信された陸上の手話実況解説として、毎日トラックの外から試合を見守った。大勢の観客を前に試合に臨む選手がうらやましかった。まだ参加出来なかった喪失感は拭えないが、デフリンピックの注目と理解が高まったことを目の当たりにして、今後の可能性も感じた。
「障害者ではなく一人の人として関わってもらえる日が来たらうれしい。『聞こえないなら筆談や身ぶりをしよう』と行動に移せる社会であってほしい」