高2で留年、大学でITベンチャー社長も「続ける仕事じゃない」…駒崎弘樹さんが保育事業を始めたのは
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子育て支援を行う認定NPO法人「フローレンス」会長の駒崎弘樹さん(44)は、アメリカ留学から帰国し、私立市川高校(千葉)に戻った。恩師のおかげで学ぶ楽しさに目覚め、慶応義塾大学に合格。大学では
「意欲的ではなかった」大学受験、でも…
「高校2年を留年したので、帰国後は一つ下の学年のクラスに在籍しました。でも、『卒業が1年遅れてもたいしたことではない』とあまり気にはしていませんでした。かえって前向きに高校生活を送れるようになり、仲の良い友だちもできました。ただ、大学受験の勉強には、意欲的とは言えませんでした(笑)。
ある日、地理の先生に声をかけてもらい、小論文の課外授業を受け始めました。生徒は、私ともう一人だけ。いきなり文章を書くのではなく、まずは、先生が指定した課題図書を読み、環境問題や資本主義、日本の今後などについて、先生も交えて議論します。議論する中で、色々と疑問が浮かんでくるので、別の本を読んだり、調べたりして、自分の考えを論文にまとめることを繰り返しました。その作業が、なんだかすごく楽しくて。先生から『大学ではこうした学びが多い』と聞いて、受験勉強にも力を入れるようになります。そして、慶応義塾大学の総合政策学部に進学しました」
大学生活は多様な仲間たちに囲まれ、刺激的な毎日だったという。
「周りは『敷かれたレールの上を歩くのは満足できない』って感じの学生ばかりでした。自分の考えを持って行動する人が多く、挑戦する人には拍手を送る雰囲気がありました。起業する学生もたくさんいたので、卒業後は、就職だけが選択肢ではないと思うようになりました。
大学3年の時、後輩がつくったITベンチャー企業の社長に就任しました。『技術面に力を注ぎたいので、経営を任せたい』と依頼され、好奇心で引き受けました。『社長』と書かれた名刺を手に、学業の
「それっておかしくない?」が第一歩
「自分が本当にやりたいことは何だろう」。自問自答を繰り返すなかで、アメリカ留学中に抱いた「日本の社会の役に立ちたい」という思いがよみがえった。
「色々調べるうちに、アメリカでは非営利団体にもCEO(最高経営責任者)がいて、採算を取りつつ、社会の課題に取り組む社会起業家が活躍していることを知りました。『これだ!』と思いましたね。そして、最初に取り組んだのが保育事業でした。ベビーシッターの仕事もしていた母親から『子どもの看病で欠勤を繰り返した女性が解雇された』という話を聞いたことがあったからです。自分が子どもの頃は、近所の人が両親の子育てを手伝ってくれていましたが、助けてくれる人がいる家庭ばかりとは限りません。体調を崩した子どもを受け入れる保育が足りないのなら、自分で始めてみようと考えたんです。
保育業界や親のニーズを徹底的に調べ、利用しやすいシステムも考えました。すると、私たちの事業には利用の希望が相次ぎ、メディアにも注目されました。そのうちに国や自治体などから意見を求められることも増え、私たちの事業を参考に新しい制度もつくられました。今は、社会がより良い方向に変わる一助となれていることに、大きなやりがいを感じています」
最後に、駒崎さんが考える中高生にとって大切なこととは。
「私は『多様性の中からイノベーションが生まれる』という大学時代の恩師の言葉を大切にしています。社会には、色々な人がいていい。社会の常識や批判を恐れずに『それっておかしくない?』と声を上げることが、社会を変える第一歩です。みなさん一人一人が、社会を変える力を持っています。今感じている疑問や憤りに
(おわり)