元内閣官房参与の本田悦朗氏(国基研企画委員)は、10月24日、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員と、今週初めに誕生した高市早苗首相の新政権における経済政策、とりわけ財政問題を中心に意見交換をした。その概要は以下のとおり。
【概要】
高市首相の経済政策は、基本的にアベノミクスの継承であるが、FTなど欧米メディアには批判的な論調もある。しかし、現在の経済状況は、総需要が潜在的な供給力に肩を並べるまでに至り、また、インフレ率も2%の物価安定目標に接近してきた。アベノミクスの考え方をベースとしつつも、経済状況が変化すれば具体的な処方箋が異なるのは当然である。
・アベノミクスの原理
物価下落が長期間継続すると、国民、特に消費者は今後も物価が下がり続けると予想する。これをデフレマインドという。この場合、将来、モノ・サービスの価格が下がるのだから消費を先送りしようと考える。その結果、消費が低迷し、企業の売上が落ち、投資も控えられるという悪循環が発生する。価格が下がるのだから消費者は助かると思うかもしれないが、賃金はそれ以上に下がり、家計全体として生活が圧迫される。このような傾向が1990年台半ばから、2020年代台半ばまでの約30年間続いてきたのである。これが、「失われた30年」の正体である。この間、企業は売上が伸びなくても賃金を維持しなければならないので、非正規職員を増やす等コストカットに務めた。また、売上が伸びないので、新規投資も最小限に抑え、設備は陳腐化し、生産性が落ちていった。同時に、賃金が伸びないので、年功序列や終身雇用等を特徴とする日本型経営は崩壊していった。労働組合は、賃上げ要求をして会社を倒産の危機にさらすより現状維持を選び、賃金の伸びは停滞していった、
このような悪循環をどのように断ち切り、好循環に転換していったら良いか。そのための処方箋が「アベノミクス」であった。まず先決問題は、こびり付いたデフレマインドを解凍し、2%程度の緩やかなインフレマインドに転換すること。そのようなマインド転換の道標となるのが、2%の物価安定目標。マインド転換を促進するために、「黒田(当時の日銀総裁)バズーカ」といわれる通貨供給拡大や、積極的な財政出動が試みられた。しかし、デフレ脱却までは絶対にやってはいけないのが、「消費税の5%から10%への増税」であった。ただ、財務省のみならず官邸の中にも、デフレ脱却の理屈を理解しないまま、増税に賛成する輩がいた。その人物は、再び幹部として高市政権の中に入り込んでいる。心配である。
・アベノミクス・パート2 (乃至、サナエノミクス)
2019年末からの「コロナ・パンデミック」(以下「コロナ禍」)は世界的に猛威を振るった。我が国ではデフレ傾向が継続するままコロナ禍に突入し、経済は活動制限とも相俟って激しく落ち込んだ。これに対し、欧米では活動制限は比較的緩く、ロシア・ウクライナ戦争も相俟って、食料原材料のサプライチェーンが分断された。その結果、激しい需要超過が発生し、7~8%といった世界インフレがおこり、それが当時の急速な円安への移行と相俟って、日本への輸入インフレをもたらした。これは、コスト高が牽引する「コストプッシュ型インフレ」であり、政府・日銀が目指す、賃金上昇に端を発し、需要意欲拡大が牽引する「ディマンドプル型インフレ」とは異なるものである。直近の消費者物価上昇率を見ると生鮮を除く総合で+2.9%だが、ディマンドプル要因の寄与度は+1%台後半とされている。まだ、目標未達である。なお、国民のインフレマインドの醸成が、世界インフレで促進された面が大きい。皮肉なものである。
需要拡大のみならず、防衛予算や子育て支援、最先端技術開発など様々な財政ニーズが拡大している。その中で、日本の財政は限界に来ており、一刻も早く緊縮することが重要であると主張する人が後を絶たない。ここで、強調したいことは、財政の健全性を図る基準は、「国家の運営経費を、国債を発行しないで、税金で賄えるかどうかの基準(「プライマリー・バランス(PB)という」)」では決してないと言うことである。真の基準は、「債務残高を名目GDPで割った値(これを「債務比率」という)が収束しているかどうか、である。換言すると、名目の国債利払い費よりも名目GDPの成長率の方が大きければ、その財政運営は持続可能だということになる。これを「ドーマーの条件」という。我が国では、デフレ時代はこの条件は満たされなかったが、アベノミクス実施後は満たされるようになり、最近では最も激しいコロナショックを受けた2020年度以外はこの条件を満たしている。さらに、直近を見ると、上述の債務比率が下降している国はG7先進国では日本だけである。如何に名目経済成長が重要か、ということである。財政運営の基本は、「可能な限り経済成長を伸し、その結果として、税収が伸び、PB黒字化が実現する」と言うことである。「経済成長とPB黒字化は両立するか」という問題設定自体、誤りである。
・高市政権に期待する
高市政権の経済政策は、アベノミクス同様、パッケージとして提示されている。喫緊の課題として「物価対策」や年収の壁克服や社会保険料の抑制のような「手取りを増やす政策」、さらに、需要を継続的に刺激することによって、それに対応する供給サイドの能力の向上を牽引する「高圧経済」、また、危機管理投資や成長投資によって民間投資だけでは必ずしも十分でない分野での官民連携投資など様々なメニューを用意している。なお、今後、現在の債務比率を維持・改善しながら新規施策(減税も含む)を打てる「財政余力」は、固めに見積もって毎年10兆円はあるとの試算も出ている。
さらに、今後、時間はかかるが、税の徴収と還付を一体型で行うシステム、いわゆる「給付付き税額控除」の実現が期待される。これは応用範囲の広い制度で、消費税を単一税率としながら、低所得者に対する配慮も所得税制の一環として実現可能である。
高市総理にはアイデアが満載である。それを着実に実現していくためには、長期政権となることを期待する。
【略歴】
1955年、和歌山県出身。1978年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省。財務省を含め34年の官公庁勤務を経て2012年退職。2012年から静岡県立大学教授、内閣官房参与(第二次安倍政権、経済担当)などを歴任、2016年6月からスイス駐箚特命全権大使(リヒテンシュタイン公国兼轄、欧州金融経済担当大使を兼務)し、2019年に退職。現在、国基研理事・企画委員、京都大学大学院客員教授等。主な著書に『アベノミクスの真実』(幻冬舎、2013年)、『国力研究』(産経新聞出版、高市早苗編著、2024年)等がある。 (文責 国基研)