芥川賞作家が「形のない音楽」と分析…環境音楽の先駆者、ブライアン・イーノ

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編集委員 桜井学

 このコーナーでは、現在のシーンの動向を踏まえながら、古今東西のすてきな音楽、アーティストを紹介していきます。初回はドキュメンタリー映画が公開された環境音楽の先駆者にして名プロデューサーのブライアン・イーノについてお伝えします。

音楽家も作家も魅了

映画『Eno』から ブライアン・イーノ
映画『Eno』から ブライアン・イーノ

 「たくさんのことを彼は僕に教えてくれたんだ(略)創造の自由がどんなに豊かなものかを教えてくれた(略)世界はすべて彼の背中を見ているんだ、彼はイーノ ブライアン・イーノだもの」

 全米チャート2位を記録した米バンドMGMTの2010年のアルバム「コングラチュレイションズ」。その収録曲「ブライアン・イーノ」の歌詞を引いた。

 後輩のバンドがここまでたたえるくらい、イーノは大きな影響力を持っている。記者が取材した多くのミュージシャンがイーノから影響を受けたことや、愛聴してきたことを隠さなかった。

映画『Eno』から (左から)ロバート・フリップ、デヴィッド・ボウイ、イーノ
映画『Eno』から (左から)ロバート・フリップ、デヴィッド・ボウイ、イーノ

 音楽家ばかりではない。1929年(昭和4年)生まれの芥川賞作家・日野啓三(2002年死去)もイーノ作品を愛していた。彼はこうつづっている。

 「いまだって本当に音楽を聴きたいときに聴くのは、イーノの『鏡面界』と『パール』だけなんだ」「そう、イーノとともに、私は世界を聴く。世界の音を聴くのではない。世界という音を聴く。耳で聴くのではない。意識の全体で聴く。聴くのではない。私が世界になる。世界が私になる」(「世界という音――ブライアン・イーノ」)

(注・「鏡面界」「パール」はともにハロルド・バッドとの共作アルバム)

革新的なドキュメンタリー

映画『Eno』から U2のメンバーと
映画『Eno』から U2のメンバーと

 イーノは50年以上のキャリアを通して、表現の新たな地平を切り開かんと、様々な試みを行ってきた。そんな彼の思考をたどったのが、今年日本公開されたドキュメンタリー映画『Eno』だ。11月にも東京・アップリンク吉祥寺などで上映されるので、音楽、アートについて真剣に考えてみたいという人におすすめしたい。詳細は 公式サイト で確認してほしい。

 映画は本人へのインタビューと過去の映像を軸にしている。映像素材を組み合わせる自動生成システムを導入し、上映日ごとに構成や内容が変化するという。革新性を求めるイーノらしいスタイルの映画だ。

映画『Eno』から デヴィッド・バーン(右)と
映画『Eno』から デヴィッド・バーン(右)と

 記者は2回見た。紹介されるエピソードは若干違っていたが、核になっているのがイーノの音楽観を伝える部分であるという点は変わらなかったと思う。「我々はなぜ音楽が好きか」「我々はなぜ芸術を求める」「自分はなぜこんなに芸術をやりたいんだろう」――。イーノは自問自答し、音楽のあり方を根本から問い続けていく。見る側も一緒に考えなくてはならない。

 イーノはシンセサイザーやテープレコーダー、コンピューターなどを駆使し、斬新なサウンドを作り出してきた。単に奇をてらっていたわけではないだろう。彼は音楽を制作することで「自分がいたいと思う場所」を作り出しているのだという。音による理想郷の創出、という感じなのだろうか。イーノは更なる高みを目指し、創造を続けている。

環境音楽の先駆者

アンビエントの傑作「ミュージック・フォー・エアーポート」(1979年)
アンビエントの傑作「ミュージック・フォー・エアーポート」(1979年)

 イーノといえば、「環境音楽(アンビエント・ミュージック)」という言葉がついて回る。イーノいわく、それは「穏やかさ」や「思考」を生み出す音楽であり、「興味深くも無視することもできる」音楽である。

 イントロがあって、サビで盛り上がるというポップソングとは違う。ドラマチックな展開や口ずさみたくなるような旋律で引きつけるわけではない。だから退屈と感じる人もいるだろう。断片的なフレーズが現れては消え、曲がどう進行していくのか読めず、どう始まったのかもわからなくなる。流れていても邪魔にならず、時に意識からも消える。しかし、耳を澄ませば、美しい音が聞こえてくる。

 遠くから聞こえてくる車の走行音や静かに響く虫の音、風や波の音などに近いのかもしれない。作り手の意図を感じさせず、ただそこに音が漂っている。そんな感じだ。

 日野は先に紹介した文章の中で「イーノの音楽には形がないんだ。構造がないと言ってもいい」「彼の作品を聴いてると、一切の形、一切の意味というものが壊れてゆく」と書いている。同感である。喜怒哀楽、人間ドラマ、あるいはメッセージを伝える音楽はたくさん作られている。そこから離れたようなところで、鳴り続けるイーノのアンビエント・ミュージックは、ユニークで貴重だ。

ロックやポップも

新作「LIMINAL」
新作「LIMINAL」

 イーノは環境音楽ばかりではなく、趣向を凝らした良質のポップやロックも数多く作り出してきた。だからポピュラー音楽に興味を持てば、イーノの名前にどこかでぶつかるはずだ。記者がイーノの名前を初めて意識したのは、1980年ごろ、YMOのメンバーが彼らの楽曲「磁性紀」のサウンドを説明する際に、イーノの名前を出した時だと思う。

 イーノの音楽キャリアの本格的なスタートは英国のバンド、ロキシー・ミュージックだった。ステージ上では派手な衣装でシンセサイザーを操り、奇妙きてれつな音を出していた。バンドを離れた73年には、キング・クリムゾンのロバート・フリップと組んで、後のアンビエント作品にも通じる実験的なアルバムを出している。当初から尋常ならざる音にひかれていたに違いない。

 その後はソロ名義の作品を出すとともに、デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」などの名作アルバムにも関わる。また、米国のバンド、トーキング・ヘッズやアイルランド出身のU2らの作品のプロデューサーを務め、高い評価を得ていく。

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