出産から初授乳まで54時間…「日本のシャチの母」をめぐる感動の出産ドラマとは

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シャチの「ステラ」(写真提供:神戸須磨シーワールド『シャチまるごとBOOK』より)

海洋の食物連鎖の頂点に立ち、驚異的な身体能力と高い知能を持つシャチ。数十頭からなる「ポッド」と呼ばれる群れを形成し、母親が群れを導きながら知恵を伝えていく姿は“海の王者”と呼ぶにふさわしい存在だ。

そんなシャチの魅力を迫力ある写真やイラストで紹介するフォトブックの『シャチまるごとBOOK』(辰巳出版)は、発売後1か月足らずで4度の重版を重ねる異例のヒットとなっている。

シャチの何が人々を惹きつけるのか? そもそもシャチはいつから日本の水族館にいるのだろうか? 同書の担当編集者に解説してもらった。

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「日本のシャチの母」となったステラ“初出産のドラマ”

――日本の水族館でシャチが飼育されるようになったのは、いつ頃からでしょうか。

日本の水族館に初めてシャチがやってきたのは、1970年です。アメリカ・シアトルからオスの「ジャンボ」とメスの「チャッピー」が千葉県の鴨川シーワールドに搬入されました。ジャンボは体長4.75メートルもある大きな個体で、当時は連日ニュースになるほど話題を呼びました。鴨川シーワールドはその後、日本で初めて繁殖にも成功し、まさにシャチ飼育のパイオニアといえる存在です。

――国内飼育下では最年長になる、スゴイ“お母さんシャチ”もいるんですよね?

「日本のシャチの母」と呼ばれる「ステラ」ですね! ステラは1988年にアイスランドから日本にやってきたメスのシャチで、現在推定39歳。日本の飼育下で初めて繁殖を成功させ、これまでに5頭の子どもを生み育てました。日本におけるシャチ繁殖の歴史を切り拓いた存在です。ただ、シャチの繁殖は非常に難しく、ステラも初めての育児のときには赤ちゃんの命が危ぶまれる事態になったんです。

――何があったのですか。

ステラの初出産は、鴨川シーワールドに来てから10年後の1998年でした。当時、出産自体は成功したものの、ステラは赤ちゃんに関心を示さず、授乳もしないまま。赤ちゃんもなかなか泳ぎ出しませんでした。

生後すぐのシャチの赤ちゃんは、自力で泳いで水面に出て呼吸をしなければ生き延びることができません。スタッフさんも安易には手出しできず、このままでは赤ちゃんの命が危ない……と誰もが案じていたときです。突然、同じプールにいたオスの「オスカー」が、赤ちゃんの後頭部をくわえるという行動に出たんです。

それがよい刺激となったようで、赤ちゃんは尾びれを振って泳ぎ出し、無事に水面まで到達して、呼吸をすることがでました。

しかし、その後も母ステラが赤ちゃんを気に掛ける様子はなく、授乳はないままでした。授乳できなければ、赤ちゃんは再び命の危機に晒されてしまいます。

そこで、当時の館長・鳥羽山照夫さんの指示により、ステラの担当トレーナーさんが「赤ちゃんを奪い取る」仕草を見せることになりました。ステラの母性本能を刺激するための大胆な作戦でしたが、功を奏し、ステラは赤ちゃんに寄り添って泳ぎ始めたのです。そうして出産から54時間後に、ようやく初授乳に成功しました。

なお、「赤ちゃんを奪い取る」仕草を見せた後も、トレーナーさんとステラの信頼関係が崩れることはなかったそうです。どれだけ信頼を積み重ねてきたかが伝わるエピソードですよね。

――このときの赤ちゃんは、今も元気にしているのでしょうか。

この子が、今も鴨川シーワールドで大活躍している「ラビー」です。ラビーも後に「日本の水族館で生まれたシャチ」として初めての繁殖に成功したんですよ。

そうして、ステラの子どもや孫たちが各地の水族館へと広がり、今では日本に暮らす6頭のシャチがみんなステラの子孫になっているんです。これが、ステラが「日本のシャチの母」と呼ばれる所以ですね。

ステラがいなければ、オスカーの奇跡のような行動がなければ、そして水族館の皆さんの尽力がなければ、今のように日本でシャチが見られる環境ではなかったかもしれません。これが、ステラが「日本のシャチの母」と呼ばれる所以です。

日本で飼育されているシャチは6頭! どの水族館にいる?


シャチの「ステラ」(写真提供:神戸須磨シーワールド『シャチまるごとBOOK』より)

――国内ではどの水族館でシャチを飼育しているんですか。

「鴨川シーワールド」「名古屋港水族館」「神戸須磨シーワールド」の3か所です。

千葉県の鴨川シーワールドには、ステラの娘「ラビー」と「ララ」、そしてステラの孫(ラビーの娘)「ルーナ」の3頭が暮らしています。家族の息の揃ったダイナミックなパフォーマンスは圧巻ですよ。

愛知県の名古屋港水族館には、ステラの末娘「リン」がいます。8月まではステラの孫(ラビーの息子)で『シャチまるごとBOOK』の表紙にも起用したオスの「アース」がいましたが、16歳で亡くなりました。献花台には途切れることなく花が手向けられ、多くのファンが感謝の声を寄せていて、どれだけアースが愛されていたかが伝わってきます。シャチは社会性の強い生き物ですので、精神的なケアの一環として、リンは現在イルカと一緒に過ごしているそうです。

2024年にリニューアル開館した神戸須磨シーワールドでは、先ほど出産シーンを紹介したステラと娘の「ラン」が暮らしています。それぞれ別の水族館で暮らしていた母娘が再会し、すぐに寄り添って泳ぎ始めた姿はとても感動的でした。ここは西日本で唯一シャチに会える水族館ですね。

――シャチに興味を持った方々へメッセージをお願いします。

シャチは強く賢いうえに、愛情深くて家族思いで個性豊かな生き物です。シャチには「大きい! 迫力ある!」だけでない様々な魅力があるので、『シャチまるごとBOOK』では生態や10種類に分類されるシャチのタイプなど、生物としてのシャチの姿にも迫りました。さらに、日本の水族館にいるシャチたちの見分け方や秘蔵エピソードも紹介していますので、水族館に行かれる際の参考になれば嬉しいです。

シャチについて知れば知るほど、その個性豊かな姿に夢中になるのではないでしょうか。なにより、日本のシャチの歴史を作ってきたステラやその家族を、多くの方に知っていただければ嬉しいです。

『シャチまるごとBOOK』監修・鴨川シーワールド 館長 勝俣浩、編著・南幅俊輔

辰巳出版
2025年9月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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