[時代の証言者]アニメで描く物語 富野由悠季<4>宇宙旅行への憧れ
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父親が酒を飲んだときに絶えず出てくる言葉は「国に裏切られた」だったことは前回お話ししました。この「国に裏切られた」という言葉は、自分の子どもに対しても、「勉強しても、ひょっとしたら裏切られるぞ」なんですよ。だから、好きなことをやってればいいというふうにして放り出され、きちんと物を教えてもらえなかったなという思いがあります。
僕は小学校以前から平仮名を覚えるということができなかったんです。表を全部埋めることができたのは小学校2年のときだったらしいんですよ。
理由はあるんです。「なんでこの『あ』という字、僕の承認もなく勝手に決めたんだ。『あ』という形が気に入らない」と思っていた。このハードルを乗り越えるのに、小学校2年までかかったんです。漢字も数学の公式も同じ感じで、この意識は、本当に自分でも困るぐらいでした。だから一番嫌なのは、中学校で英語が始まったとき。「外国語という日本語と違う言葉があるのはおかしい。全人類で単一の言語で済むはずなのに」と思っていました。
一方で、幼い頃からとくに宇宙旅行へのあこがれを持っていました。手塚治虫先生の漫画を見る前からロケットの絵を描き始めていましたので、本能的にロケットにひかれて、宇宙旅行に直結していったんじゃないのかと思います。
今でも大切に取っているのが雑誌「少年」のグラビアページです。これが原風景としてあるので、宇宙を舞台とした映像を作る場合、このレベルのものがベースにすり込まれています。このようなグラビアは、スクラップにして今でもかなり持っています。
小学校5年生のときには、SF映画「月世界征服」を見ました。でも、映画的な思考を学んだのはSF映画ではなく、ディズニーの長編アニメ映画の影響が大きいですね。
一番初めに見たのが「バンビ」(1942年)でした。中学校の課外教室で、映画館で見ました。「ピーター・パン」(53年)の学びも深かったですね。物語の一番の核心にアットホームさがあり、ピーター・パンの初恋みたいなものが匂うような話がとても好きで、物語るとはこういうことだと教えてくれた作品です。「シンデレラ」「ファンタジア」「ふしぎの国のアリス」「眠れる森の美女」などディズニーアニメの一群は全部覚えてます。
これらの映画を見て、躍動的に映像を使いながらも、様々なメッセージを置いていけることがわかっていきました。映画にドラマ的な物量がどれぐらい必要なのかということは、僕は実写映画よりも、ディズニーアニメで知ったといえます。(アニメーション映画監督)
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