【長嶋茂雄さん死去】[ミスターG プロ野球人の60年](3)天覧試合(連載)

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 ◆サヨナラ弾 最高の一打 上を向くと陛下、下を向くとボール 「ON」はここから始まった 

 長嶋茂雄さん(82)が自身のキャリアの中で、「ベストシーン」と振り返る試合がある。1959年6月25日、後楽園球場の巨人―阪神戦に天皇、皇后両陛下(昭和天皇と香淳皇后)を迎えて、行われたプロ野球初の「天覧試合」で放ったサヨナラホームランだ。(編集委員 太田朋男)

  〈小学4年の時、自宅で終戦の玉音放送を聞いたという長嶋さんは当時、プロ2年目。天皇陛下に対して多くの日本人同様、敬愛の念を抱いていた〉

長嶋茂雄さん
長嶋茂雄さん

 いいプレーをして、出来るならば、ホームランを打ちたいという気持ちが強かったね。

  〈開幕から安打を量産し、打率首位をキープしていたが、迫ってきた大舞台を意識したのか、直前の2試合は無安打だった〉

 ヒットが出ていなくて、非常にいらいらして、何とか打つんだと、打ってみせる、という気持ちがありました。前夜には、(米国製の)バット「ルイビルスラッガー」から最初、5本を選びました。いざ寝るという時に、さらに2本にして(枕元に)並べました。でもね、いよいよ明日は天覧ゲームだと思うと気が立ってね、なかなか寝付けなかったですね。

  〈午後10時に床に就いたが、寝入ったのは午前1時頃。試合で使うバットを決めたのは翌朝だった〉

 決め手はやっぱり、「音の形」だったね。決めた1本はスイングをして、振った瞬間の音(おと)の音(ね)が、とても良かった。

  〈試合開始は午後7時。緊張感は徐々に高まっていった〉

 両陛下の写真は見たことがありましたが、(球場に)お迎えするということで、ありがとうございますという気持ちでした。(開始が近づき)どんどん、どんどん、陛下、陛下と気持ちが向かっていました。

  〈プレーボールの後、貴賓席を見上げた時の光景は、今も鮮明に残る〉

 僕が守る三塁から(貴賓席は)ほぼ正面でしたから、上を向くと陛下、下を向くとボール。そういうような野球であった気がします。視界の中に全部入っていました。両陛下が初めてご覧になる野球がね、巨人―阪神というビッグゲームですから普通の野球とは違っていた気がします。

  〈五回裏、小山正明投手から同点ソロ本塁打を放った〉

 小山さんから(の一打)は1ボール1ストライクから、インコースにうまく、スムーズにバットが出てホームランを打ったというような記憶があります。

  〈さらに坂崎一彦選手のソロ本塁打で勝ち越したが、阪神は六回に3点を挙げて逆転した。しかし、七回、新人の王貞治選手が大仕事をやってのけた〉

 王さんが(同点)ホームランを打つんですよ。ONという時代で、このゲームにおいて、初めて王さんが私とともに(アベック本塁打を)打ったんです。この試合からONというものはスタートしたんです。

  〈王選手の同点弾の後、阪神は新人の村山実投手を救援に送った。七回の打席で三振を喫した長嶋さんは、九回裏、先頭打者として打席に立った。村山投手に対し、2ボール2ストライクから勝負の5球目、胸の内は無心だった〉

天覧試合でサヨナラ本塁打。上部のスコアボード横は貴賓席(合成写真)
天覧試合でサヨナラ本塁打。上部のスコアボード横は貴賓席(合成写真)

 僕の場合は、来た球を打つ。ピッチャーは(打者に対して)いろいろ研究して、いろんな方法で投げてきますが、バッターはね、来た球を打つんだという意識。それだけです。

  〈無心ではあったが、村山投手が決して逃げないことは織り込み済みだった〉

 村山さんは普段から強気で、「絶対負けるもんか」という気持ちでピッチングをしていましたから。(予想通り)インコース高めに速球がきました。見逃せばボールだった。けれどもね、思い切って振ったら、ホームランになった。打った瞬間にホームランという高い打球でした。

  〈左翼への打球に「ファウルになるかも」と一塁へ走りかけて立ち止まった長嶋さんだったが、左翼上段への着弾を見届け、満面の笑みを浮かべた。サヨナラ本塁打による試合終了は午後9時10分。両陛下の退出予定時刻の5分前だった〉

 (決着をつけられて)両陛下に対して、本当に良かったと。一塁、二塁、三塁を回って、ホームへ帰ってきたときに、陛下がね、そろそろ(ご退出のために)お立ちになってましたからね。

  〈劇的な一打は長嶋さんの心に深く残る〉

 やっぱり、どうでしょう。最高の一打でしょうね。あのホームランは(私の野球人生の)ベストシーンです。状況、展開。もう全てね。自分で言うのもおかしいけど、あの日に関しては、最高の野球をやったと思っています。最終打席であれだけのホームランを打てたということはね。

  〈がっくりした村山投手は、なかなか動けなかった。98年に61歳で亡くなるまで「あれはファウル」と話していたが、長嶋さんにとって、選手生活を通して、かけがえのないライバルだった〉

 (亡くなった後、ご仏前で)お線香を上げて、勝負師として、いい勝負を本当にありがとうございました、と言いました。息子さんからは、(村山さんが)長嶋をいかにして抑えるかを毎日思っていたと聞きました。

  〈60年近くを経た今も語り継がれる天覧試合。あの一打、あの試合がプロ野球を国民的スポーツに押し上げた〉

 当時、半年以上たっても、その時の話が出ていましたよ。何かというと天覧ゲームでした。次から次へと(長く語られる)話がいっぱいありましたから。あの試合は、ほかの試合とは全然違います。野球には、ドラマがあるというけど、それ以上の野球が出来たのが、あの天覧ゲームです。

 

 ◆攻防一進一退 

 ◇巨人 5―4 阪神

 巨人は藤田、阪神は小山の両投手が先発。阪神は三回、小山投手が自ら中前適時打を放って先制した。しかし、巨人は五回、長嶋選手の左越え本塁打で同点。さらに続く坂崎選手が右越え本塁打を放ち、勝ち越しに成功した。

 阪神もすかさず反撃。六回、先頭の1番吉田選手の安打と盗塁でつかんだ好機に、三宅選手の左前打で追いつくと、4番藤本選手の左越え2ランで4―2と勝ち越した。

 阪神が継投のタイミングを探る中、巨人は七回、一死一塁から王選手が右翼へ同点2ラン。4―4とした。

 阪神は八回、一死二、三塁の好機をつかむが、藤田投手と遊撃広岡選手の見事な連係で二塁走者をけん制で刺し、ピンチを脱する。

 巨人は九回、長嶋選手の左越え本塁打でサヨナラ勝ち。

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