「崖の上のポニョ」モデルの鞆の浦、曲折経てトンネル開通へ…港埋め立て・架橋計画から40年余
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広島県福山市の景勝地・
大河ドラマ「龍馬伝」ゆかりの地
港町として栄えた鞆の浦のシンボルで、鞆港に面して立つ石造りの灯台「常夜
県観光連盟によると、2019年に約65万人が訪れた観光客数はコロナ禍で40万人以下に減ったが、23年には50万人近くが訪れ、回復基調にある。さらに、沖合の
人気の観光地にもかかわらず、地域内の県道は車のすれ違いが困難なほど狭く、観光バスは入ることもできない状況だった。
観光客のさらなる誘致に向け、トンネル開通への期待は大きい。県と福山市は、トンネル付近に物販や飲食などの施設を整備し、観光バスの駐車場も新たに複数設ける。トンネル近くに本社を構える海産物加工販売会社「
全国から反対の声
トンネル開通までには曲折があった。
県は1983年、鞆の浦のある鞆町中心部の渋滞対策として、鞆港を約2ヘクタール埋め立て、180メートルのバイパス橋を架ける計画を立てた。住民の多くは支持したが、「景観が損なわれる」と反対する住民もおり、全国からも反対の声が上がった。
2007年に反対する住民らが計画中止を求める訴訟を起こし、広島地裁は09年、「鞆の浦の景観は国民の財産」とし、県に差し止めを命じた。景観保護を理由に公共事業を差し止めた全国初の判決だった。
同年に就任した湯崎英彦知事は12年、計画を撤回し、代替策として山側に約2・1キロのトンネルを作る案を提示。県は総事業費110億円で22年に本体工事を始めた。
住民の悩み
残る課題もある。
交通の利便性が向上することで、マイカーの観光客が立ち寄りやすくなるが、地域を通る県道は狭いままだ。鞆町内会連絡協議会の岡本浩男会長(67)は「住民の生活道路に観光客の車が進入するのを防ぐ対策の徹底を求めたい」と語る。
現在の人口は約3200人で、計画が停滞している間に1980年代の半数以下にまで減った。訴訟の原告団事務局長だった松居秀子さん(74)は「景観を守れたのは良かったが、県はもっと早く動けなかったのか。町の活気を取り戻すきっかけになれば」と願う。
湯崎知事は今月18日の定例記者会見で、「ようやく実現し、感慨深いが、非常に時間がかかり、住民のみなさんには申し訳なさもある」と言及。「未来トンネルという名の通りに前を向き、街づくりに役立てていけるよう、周辺事業を含めて県として役目を果たしたい」と語った。
◆鞆の浦= 瀬戸内海を行き交う船の「潮待ちの港」として栄え、万葉集にも詠まれた。国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた古い街並みが今も残る。瀬戸内海国立公園の一部でもある。