太陽が落ちてきたような猛烈な光、原爆のリアル描いた映画「ひろしま」全国で上映…被爆者も出演
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被爆者ら約9万人がエキストラ出演し、被爆8年後の1953年に公開された映画「ひろしま」(関川秀雄監督、104分)が被爆80年の今夏、広島をはじめ、大阪や東京など全国8か所の映画館で上映される。フィルムは8年前にデジタル化されて被爆者の姿などが鮮明化され、被害の過酷さをリアルに伝える。(広島総局 小松大騎)
戦後まもなく広島の高校で生徒の一人が白血病で倒れたのをきっかけに、担任教師と生徒たちが原爆について話し合う中で、「あの日」の出来事が回顧されていくストーリー。子どもたちの手記105編をまとめて51年に出版された「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」(岩波書店)の内容が基になっている。
広島市出身の女優、月丘夢路さんらのほか、手記を書いた被爆者も出演し、53年に広島で撮影された。水を求める人で埋まった太田川の様子など原爆投下直後の街の姿がリアルに描かれた。映画は、55年のベルリン国際映画祭で長編映画賞を受賞した。
祖父が監督補佐を務めた小林開さん(52)(東京都)によると、当時は過激な描写を問題視した映画会社から全国配給を断られ、劇場ではほとんど上映されなかったという。小林さんらは2017年に経年劣化したフィルムをデジタル化。被爆80年に合わせて全国の映画館に呼びかけ、各地で上映されることになった。
小林さんは「他の映画にはないリアリティーや訴えかける力がある」と語る。
1日には広島市中区の映画館「八丁座」で上映され、約30人が鑑賞した。初めて見たという被爆2世の松本富美子さん(76)(広島市)は「被爆後の情景や生活、苦悩が克明に描かれており、終始圧倒された。被爆者の父はあまり家族に原爆の話をしなかったが、戦争の悲惨さを実感できた。多くの人に見てもらいたいなと感じた」と話した。
「広島の惨状を心の中に」切なる願い
エキストラ出演した被爆者の
早志さんは9歳の時、爆心地から1・6キロで被爆した。「太陽が落ちてきた」ような猛烈な光を感じた直後、両親や弟とともに家の下敷きになった。一命は取り留めたが、髪が抜け、体に紫色の斑点が出るなどして寝たきりになった。母が全身に何十か所もガラス片が刺さりながら、懸命に看病してくれたおかげもあって、奇跡的に回復したという。
中学2年だった1951年春、被爆体験を作文にする宿題が出た。<忘れようとしても忘れることの出来ないあの日の思い出><いやだ、いやだ。戦争はぜったいにいやだ>。1週間かけて思いをつづり、「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」に収録された。
高校2年の時に撮影に参加。同世代の人たちと、がれきを集めたり、衣服を破って燃やしたりして、被爆直後の状況に近づける工夫をした。「みんな演技指導を受けていないのに、自然と涙が出て、おびえた表情になった」と振り返る。
早志さんは「映画には被爆直後の情景だけでなく、放射線や差別に苦しめられた被爆地のリアルが詰まっている。原爆の恐ろしさを考えるきっかけになれば」と期待を込めた。