「人は同じ惑星によって運ばれる同じ船の乗組員」……分断の時代にこそ読みたいサン・テグジュペリの言葉
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サン・テグジュペリ 新訳や関連書
詩情あふれる『星の王子さま』で知られるフランスの国民的作家、サン・テグジュペリの飛行機乗りとしての経験に基づいた作品の新訳や関連書が相次いで刊行されている。人間の目指すべき姿を描いた作品は、不透明な現代社会で力強く生きる指針を与えてくれる。(池田創)
勇気や尊厳、連帯の大切さ
<人間の命には値段のつけようがないほどの価値があるにせよ、われわれはいつだって、人間の命にまさる価値をもつ何かがあるかのように行動しているじゃないか……。それはいったい何なのだろう?>(『夜間飛行』より)
新訳『夜間飛行・人間の大地』(野崎歓訳、岩波文庫)は人間の誠実さや勇気、尊厳などを題材にした代表作2作を収める。本人の写真などを収めた詳細な解説もつけ、飛行機に魅せられた数奇な生涯をたどる。
『夜間飛行』(1931年)は郵便飛行事業の草創期に、危険な仕事を遂行する人々のドラマを描く。『人間の大地』(39年)は著者が、パイロット駆け出しの日々などを回想する。砂漠の極限状況を遊牧民に救われ、人間の連帯を意識する場面は読者の心を打つ。
両作は日本でも長年愛読され、フランス文学者の堀口大学訳(新潮文庫)が知られている。新潮社によると、両作とも約70年にわたって読み継がれ、累計部数は7月現在で『夜間飛行』が105刷105万6500部、『人間の土地』(『人間の大地』)が96刷68万6500部という。
サン・テグジュペリの生涯をモデルにした漫画も誕生している。漫画家のすみれちゃん(32)は、作家志望で飛行機乗りになりたい少女アンが主人公の『サン=テグジュペリは夢をみる』(イースト・プレス)を刊行した。『夜間飛行』『人間の大地』から着想を得た物語で、アンが厳しい上司や優しい先輩に見守られながら成長していく。
作画にあたっては、海外から模型を取り寄せ、様々な角度から機体がどのように見えるかを研究したという。丸っこいタッチのかわいらしいキャラクターに加え、上空から見た地平線、澄み切った空などの風景描写もさえわたる。
すみれちゃんは大のジブリ映画好きで、宮﨑駿監督の飛行士愛にあふれたエッセー「空のいけにえ」が収録されている新潮文庫版を手に取ったことをきっかけに、作品世界にのめり込んだという。
「高いところからまるで地球を観測するように、人間の向かうべき姿を書いている。お互い信じ合うことが第一歩であることを教えてくれる」
脈打つ「人間再発見」 訳者・野崎歓さん
新訳を手がけた野崎歓さん(66)=写真=は長く、作品に魅せられてきたという。翻訳にあたっては、そぎ落とされた硬質な原文を生かすように努めた。
『夜間飛行』は章ごとに視点が入れ替わり、映画的で息をつかせぬ小説としての面白さがあります。『人間の大地』はいわば著者の回想記で、人と思想が凝縮されています。文章には無駄な寄り道がなく、2作とも厳しさの中で人間を再発見したいという思いが脈打っています。著者は寡黙な飛行機乗りたちの精神を文学の言葉にしたかったのではないでしょうか。
『人間の大地』の中で、語り手は<なぜ憎みあうのか? 同じ惑星によって運ばれ、同じ船の乗組員であるわれわれは運命をともにしている>とつづります。分断や排外主義が広がる現代に、サン・テグジュペリの文学は人間にとって見失ってはいけないものを示してくれます。