自民党は保守政党か、伊吹氏は「ちがう」…重鎮はなぜ「保守政治」を打ち出したのか
完了しました
読売新聞の連載「時代の証言者」では、4月28日から「保守の旅路 伊吹文明元衆院議長」を掲載した。連載に合わせて収録した伊吹氏のインタビューを紹介する。伊吹氏の語る昭和の戦前から平成、令和にいたる時代の証言の根底にあるのは、「保守」の理念だった。
自民は「保守政党」にあらず
ところで、自民党は保守政党なのだろうか。伊吹氏は、「保守政党ではないと思っている」という。自民党の歴史を振り返ってみたい。
1954年4月、自由党吉田内閣の緒方竹虎副総理は「政局の安定は現下
「保守」の文言が入ったのは2010年から
東西冷戦が終結し、世紀も変わった2005年、立党50周年で自民党は綱領を改正したが、このときも保守という言葉は入らなかった。当時は小泉内閣。「小さな政府を」などが掲げられ、新自由主義の影響が感じられる。
09年、自民党は野党に転落。翌10年の綱領改正で「常に進歩を目指す保守政党」という表現で、保守という言葉が初めて入った。「正しい自由主義と民主制の下に、時代に適さぬものを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求める」としている。伊吹氏がこの綱領を起草した。伊吹氏は改正で、当時の民主党政権との対立軸を打ち出すために、保守色を意識したという。
伊吹氏は京都で江戸時代から200年以上続く繊維問屋に生まれ、京大経済学部、大蔵省を経て政界入り。自民党の渡辺美智雄元副総理に師事し、中曽根康弘元首相にも薫陶を受けた。京都の伝統、古い商家である生家のしつけ、大学時代の恩師の教えなどから、保守の理念が育まれてきたことを、「時代の証言者」で語ってもらった。
冷戦が終わり、イデオロギー対決は過去のものとなったため、保守の理念は意味を失うのか。伊吹氏は現代における保守の役割について、ポピュリズムを抑制することを挙げている。「無駄さえ省けば何でもできる」や「身を切る改革」といったスローガン政治がもたらす混乱を危惧しているのだ。
ポピュリズム、急進主義を否定
「時代の証言者」では伊吹氏の感想として、現代の日本のスローガン政治と、フランス革命による混乱を批判して、保守主義のバイブルと言われるエドマンド・バークの「フランス革命の省察」の対比を取り上げた。筆者のバークが自らを評した「省察」の結びの言葉を見てみたい。
「志操の一貫性を念願するが、自己の手段の多様性を通じて自己の目的の統一の確保のためにこの一貫性の保持を心掛ける人間、それ故に、彼の乗り組んだ舟の均衡が万が一にも一方への積荷の偏在で傾く危険が迫るならば、自分のささやかな理性の重みを平衡を確保すべき側へ移そうと念願する人間である」(「フランス革命についての省察」下 岩波書店)
ポピュリズムや急進主義を否定し、秩序の中で伝統と漸進的改革のバランスを取る。伊吹氏の目指す保守政治の姿と重なる。政治家だけではなく、我々、国民が政治家を見極める上でも参考になる視点だと思う。
(編集委員 望月公一)
第1回から読む