日本軍の戦果に熱狂した「軍都」は戦況傾き一変、そして迎えた「あの日」…「加害と被害は表裏一体」
完了しました
香川県・小豆島での入隊式には、各地から約1000人の少年が集まった。特攻艇で爆雷ごと敵に突撃する部隊を熱望した。配属先は通信部隊だったが、気持ちを切り替え、45年8月1日からは宇品港で通信部隊の実務訓練が始まった。そして、「あの日」を迎える。
■黒焦げの遺体
8月6日午前8時15分。伊藤さんは爆心地から約4・5キロの宇品港周辺で任務にあたっていた。ピカッと
すぐに救護指令が下り、暁部隊の少年兵ら約4000人は壊滅状態の市街地へ向かった。膨大な数の遺体を見て、「戦争はやめた方が良いですね」と思わずこぼした。「バカ野郎。これから本土決戦だぞ」と上官に一喝されたが、「罪のない市民が犠牲になる戦争は絶対にダメだ」としか思えなかった。軍国少年の考えは180度変わった。
やけどを負った被爆者の治療にあたり、目の前でバタバタと亡くなっていく人たちを