日本軍の戦果に熱狂した「軍都」は戦況傾き一変、そして迎えた「あの日」…「加害と被害は表裏一体」

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 香川県・小豆島での入隊式には、各地から約1000人の少年が集まった。特攻艇で爆雷ごと敵に突撃する部隊を熱望した。配属先は通信部隊だったが、気持ちを切り替え、45年8月1日からは宇品港で通信部隊の実務訓練が始まった。そして、「あの日」を迎える。

暁部隊に入った17歳当時の写真を手にする伊藤さん(岩手県遠野市で)
暁部隊に入った17歳当時の写真を手にする伊藤さん(岩手県遠野市で)

■黒焦げの遺体

 8月6日午前8時15分。伊藤さんは爆心地から約4・5キロの宇品港周辺で任務にあたっていた。ピカッと 閃光せんこう が走り、雷が何度も落ちたかと思うような 轟音ごうおん が響いた。消防車やトラック数台が一斉に出動していった。しばらくして戻ってきたトラックの荷台には、黒焦げの人たちが乗せられていた。「とんでもないことが起きた」と体が震えた。

 すぐに救護指令が下り、暁部隊の少年兵ら約4000人は壊滅状態の市街地へ向かった。膨大な数の遺体を見て、「戦争はやめた方が良いですね」と思わずこぼした。「バカ野郎。これから本土決戦だぞ」と上官に一喝されたが、「罪のない市民が犠牲になる戦争は絶対にダメだ」としか思えなかった。軍国少年の考えは180度変わった。

 やけどを負った被爆者の治療にあたり、目の前でバタバタと亡くなっていく人たちを 荼毘だび に付す作業を1週間繰り返した。相手国を攻撃するために訓練してきた自分たちが、自国の市民らの救護に追われるのは、皮肉としか思えなかった。

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