クーラーなき時代、涙ぐましい<避暑法>の数々
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どうやらピークは越えたものの、まだまだ予断を許さない。
新型コロナではなく、暑さの話だ。
8月は歴史的な猛暑だったという。9月に入って雨が続くけれど、週間予報を見ると、まだ当分は30度を超える日が続くようだ。
筆者はあまりクーラーが好きではないけれど、夜中にも30度近い高温が続いた先月は、さすがにクーラーなしでは寝られなかった。
屋外の水道栓ひねり水浴び、警察署で拘留
1901年(明治34年)7月29日の読売新聞朝刊に、<往来中で滝を
当時は、ヒートアイランド現象が進んだ今の東京ほどの高温ではなかったはずだけれども、それでもやはり暑さは耐えがたかったようだ。
ひたすら「我慢」、戦前の働く女性たち
冷房のない時代、人々はどうやって暑さをしのいでいたのだろう。
戦前の婦人面では、夏になるとしばしば暑さ対策に関する連載をしていた。30年(昭和5年)には<彼女は誇る プロの
7月22日は牛乳瓶を熱湯で洗浄する工場で働く女性が登場し、<むされにむされて、たまらなくなつて、グーッとのむあの水のおいしさ、この味だけはたとへどんなにお金をつんだとて、私たちでなければ知らない味でせう>と語っている。これでは消夏法というよりも、ただ暑さに耐えているだけだ。どの回を読んでも、我慢大会の感がある。ユーモラスな文章の陰に、当時の過酷な労働環境がうかがえる。
インドの知恵? カレーを食べる、日射病にマンゴー果汁
33年(昭和8年)には<借家
他の日には、このような対策が語られている。
・水道から引いたゴムホースを丸めて細かい穴を開け、シャワーを作る
・ガラスの金魚鉢の中に花を生ける
・縁側の下に池を設け(あるいは
・窓にすだれをかけ、鉢植えをつるす
・静かに香を聞く
・ヘチマ棚を作ってヘチマを育てる
「借家」といっても今のようなアパートやマンションではなく、一戸建てや、庭付きの長屋が前提のようで、庶民ながら、どこか風雅な避暑法ではある。
100年前には扇風機が「必要品の一つ」に
これらの記事が書かれた頃、実際には扇風機がかなり出回っていたはずだ。19年(大正8年)5月22日朝刊に<もうそろそろ 扇風機が
もっとも、見慣れない電気製品に心理的な抵抗を抱く人も多かったのかもしれない。21年(大正10年)7月31日には<扇風器に吹かれ
<扇風器の風に吹かれてゐると頭が痛くなる><衛生上決して
60年前のクーラー、1台で月給5か月分!
一方、家庭用クーラーの広告が目立つようになるのは意外に早く、戦後の56年(昭和31年)あたりから。59年(昭和34年)2月21日朝刊には<9万円台クーラー現る>と、メーカーの展示会を取材した記事が載っている。同年6月18日夕刊の記事によれば、国税庁がまとめた58年の民間給与の年間平均額は1人あたり22万3100円だから、最安値のクーラーでも月給5か月分相当。よほどの富裕層でなければ手が出せない価格だった。
67年(昭和42年)6月26日朝刊には<クーラーにかわる扇風機の使い方>という記事がある。<いくら家庭電化時代とはいえ、まだルーム・クーラーまでは手がとどかない。かといって扇風機だけでは……と考えている家庭も多いことでしょう>と前置きして、換気扇と組み合わせた効率的な扇風機の使い方をガイダンスしている。クーラーに対する一般庶民の距離感がうかがえる。
クーラー、家庭に普及…騒音で裁判も
70年代に入り、クーラーが家庭に少しずつ広がりはじめると、思わぬ弊害が出てくる。73年(昭和48年)4月21日朝刊社会面で、<クーラー騒音 隣家に敗れる 「過密ガマン」も限界>として、騒音で被害を被ったと東京都に住む男性が隣家を訴えた民事訴訟の結果を報じている。東京地裁は<「クーラーの音量は環境基準を超え、原告が隣人としての社会生活を営む上で受忍すべき限度を越えた違法なもので、原告や家族らの平穏、快適な生活を害した」と原告側の主張をほぼ全面的に認め、被告に対し十五万円の支払いを命じる判決を言い渡した>。とはいうものの、原告は訴訟以前に騒音に耐えかねて引っ越しており、金銭的には「負けたと同じです」とも語っていた。
70年代初頭から、「気流」面の投書にも、クーラーの騒音に関する不満がみられるようになる。ただでさえ暑くて不快なのに、他人様が涼しい思いをするための機械の騒音を絶え間なく聞かされたのでは、イライラが募る気持ちもわかる。
省エネが叫ばれる中、電力消費押し上げ
さらにもうひとつ、今につながる問題も。
79年(昭和53年)7月25日の一面トップ記事は<電力消費 早くも史上最高 クーラー、1/3食う>である。前日24日の全国の電力会社の電力消費の合計が史上最高の8876万9000キロ・ワットを記録したという。<原因について電事連では、現在約四〇%の普及率の家庭用クーラーが電力消費の約三分の一を食っているためとしている>。
79年といえば第2次石油ショックの影響で省エネルギーが政治課題とされ、大平正芳首相が半袖の背広を「省エネルック」として推奨した年だ(まったく広まらなかったけれど)。
この年の6月28日には、神戸地裁の法廷から被告が脱走する事件が報じられた。<開廷中はドアを閉めるのが普通だが、省エネルギー対策でクーラーが使えず、蒸し暑さのため、南側の二か所のドア、廊下の窓も開いており、富(引用者注・逃走した被告)はこれを知り、チャンスをうかがっていたらしい>ということで、<“省エネ法廷”泥棒逃がす>と大きな見出しがついた。
こうやって120年を一気に振り返ると、どの時代にも我々は暑さに苦労してきたのだなと、しみじみと実感する。
エアコンの普及率は今や9割を超えており、降水量や暑さの度合いによって、夏場の電力不足は今もしばしば話題に上る。
日本は、昔も今もエネルギー資源に乏しい国だ。2018年の地震に起因する北海道の大規模停電、19年の台風15号による千葉県の停電のように、自然災害によって電力供給が突然止まる可能性も常にある。室内熱中症が懸念されるほどの暑さではクーラーを使った方がよいけれど、万一使えなくなった場合に備えて、約90年前の<借家住ひの避暑法>なども心の隅に留めておくとよいのかもしれない。