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私を形作る「何か」を一新したら、人生がキラキラと輝きだした――。仕事や住む場所、あるいは価値観をスイッチして、これまでとは全く違う道をひらいた女性たちの、決断をめぐるストーリーを描きます。
経験を結集した「オーケストラコンサート」
「オーケストラコンサートは、音楽のジャンルにこだわらず、演奏や作曲・アレンジなど、私が続けてきたこと、これまでのすべての経験が結びついています」。ピアニスト・作曲家として多彩な活動を繰り広げている大嵜慶子さんは、穏やかな口調ながらも、強いまなざしでそう言い切りました。
4月2日、大嵜さんが音楽監督を務めた声優・歌手の悠木碧さんのオーケストラコンサート(東京芸術劇場)は、まさに大嵜さんの言葉を裏づけるものでした。
大きなパイプオルガンが上部に飾られ、荘厳な雰囲気が漂う劇場のステージ。開演時間を迎えて、チューニングを終えたオーケストラ「パシフィックフィルハーモニア東京」のメンバーに、大嵜さんがピアニストとして加わりました。客席は、ペンライトを手にした観客で埋め尽くされています。
そしていよいよ悠木さんが登場、場内は大きな拍手と歓声に包まれました。ステージが始まります。オーケストラとバンドによる豪華な演奏にあわせて、悠木さんが持ち歌を熱唱すると、観客たちは激しくペンライトを揺らして応えます。
このコンサートで大嵜さんは、ピアノの演奏だけではなく、曲によっては指揮者も務め、ステージ上の演奏者それぞれに目を配りながら、一体感のあるステージを作り上げていました。公演で披露された楽曲はすべて、大嵜さんがこのコンサートのためにアレンジしたもので、バンド用の譜面も書き上げました。MCで「コンサートを導いてくれた」と大嵜さんに感謝を述べた悠木さんに対して、大嵜さんは「悠木さんの曲はクラシックと親和性が高くて、歌詞のふり幅も大きく、アレンジしていて、とても楽しかったです」と笑顔で返していました。
オーケストラとバンドが織りなす約90分間の公演は、ライブコンサートともクラシックコンサートとも異なる、新鮮なエンターテインメントの景色を見せてくれました。
テレビ番組の生放送でアレンジ曲を毎日披露
大嵜さんが音楽の道を本格的に歩み始めたのは、小学1年生の時。子供たちが自作の曲を披露するテレビ番組を見て、興味を持ちました。週に5日間、片道1時間以上かけて、作曲やアレンジ、ピアノ、電子オルガンを習いに行っていた大嵜さん。「送迎をしていた母は大変だったと思いますが、私は『食べるか(曲を)弾くか作るか』というほど、音楽にのめり込む日々でした」。その結果、エレクトーンの全国コンクールで1位となり、日本代表としてアメリカで演奏を披露するほどの実力をつけました。
それでも、高校生の時に、東京芸術大学の作曲科を受験すると決め、演奏家ではなく作曲家・編曲家を目指すことにしました。当時、指導してくれた先生の勧めで、クラシック音楽を聴いたことがきっかけです。「即興演奏を重視するジャズが好きで、クラシックはお堅いイメージがありました。でも改めて聞くと、
大学に入学すると、弦楽器とピアノで構成される女性ユニット「Vanilla Mood(バニラムード)」のメンバーとして活動しないかと誘われ、曲のアレンジャーとして参加しました。ところが、ピアノを担当するメンバーが突然、音信不通に。「自分なら演奏することができる。今しかできない女子ユニット活動を続けていきたい」と、思いがけずピアノを担当することになったのです。
Vanilla Moodでは2004年3月から約1年半、NHKの情報番組に出演し、大嵜さんがアレンジした曲を日替わりで披露しました。邦楽、洋楽、クラシック、アニメなどジャンルは多岐にわたります。「メンバーが練習している隣で、私は曲をアレンジして、大学にも通う日々。大変でしたけど、テレビ番組でたくさんの人に自分がアレンジした曲を届けられるというのが面白くて」。
大学を卒業すると、注目を集めた大嵜さんのもとには、テレビの歌番組でのアレンジやアニメソングの作曲などの仕事が次々と舞い込みます。「縁が続いていって、音楽活動の幅も広がっていきました」と振り返ります。
順風満帆に見える大嵜さんにも、挫折を味わった仕事がありました。その一つが、ミュージカルでのピアノ演奏です。別の仕事と同時進行で引き受けたため、練習量が足らず、「すぐステージに上げる訳にはいかない」と言い渡されたのです。
「リハーサルの段階で完璧に弾けなければいけないということを知らなかったんです。『そんなことってあるの』とすごく落ち込みました」。別のピアニストがステージに上がることになり、そのそばで二週間ひたすら練習を重ねました。「でもその現場で、オーケストラと気持ちを合わせることや、指揮棒の振り方でどのように演奏が変わっていくのかなどを学ぶことができたんです」。この経験が、後にオーケストラコンサートの音楽監督をする際に生かされることになります。
想像力がかきたてられる歌詞があってもいい
多彩な活動を繰り広げる中で、とりわけ反響が大きかったのは、コンペを勝ち抜き、作詞作曲を手がけた「エルデ」が2022年4月、「情報7daysニュースキャスター」(TBS)のテーマ曲として採用されたことでした。
トォダィティロハン ミルケットヨンゼィヨル……
アップテンポな曲に合わせて流れる歌声は、独特の節回しが入るブルガリアの伝統的な女声合唱「ブルガリアン・ボイス」をイメージしています。ブルガリアン・ボイスの経験者を探し出し、何人かの声を重ねて表現しました。曲によく耳を澄ましても、何と歌っているのか、聞き取るのは難しいかもしれません。
タイトルの「エルデ」には、ドイツ語で「地球」という意味があります。しかし歌詞は、大嵜さんが「メロディーの響きから連想して、聞き心地良く並べた」もの。言葉に意味はありません。
「曲を作っている時には、ロシアのウクライナ侵攻のニュースがあり、国際的な情報も扱う番組だからこそ、ワールドワイドな雰囲気を出したかったんです。これまでのニュース番組のテーマ曲には歌詞がないというイメージがあり、『歌詞をつけたい。でも、歌詞が入るとそこが注目されてしまうので、あまり意味がない方がいいのかも』と思いました」
意味のない歌詞が使われている曲は、アニメ作品の中で聞いたことがありました。「歌詞が分からないと、『何て言ってるんだろう。どんなメッセージを込めているんだろう』って、想像力をかきたてられるんです」。大嵜さんの狙いは当たりました。視聴者から「どんな歌詞なのか謎です」「誰が歌ってるんですか」「ずっと気になってました」などと、新鮮な驚きを伝える声が続々と寄せられたのです。
大嵜さん自身も「エルデ」から、たくさんの気づきを得ました。「曲は作詞7割、作曲3割で、作詞が重要だと思っています。詞に意味やストーリー性を持たせるという作業は、専門にやっている人にはかなわないと思って、ほとんど手をつけていませんでした。これからは機会があれば、曲の響きから連想した言葉を使った作詞にも取り組んでいきたい」と意欲を見せます。
曲のアレンジの仕事では、アイデアが思い浮かばないということはまずなかったのに、エルデを作った時には、締め切りの4時間前まで白紙の状態だったといいます。「作曲はゼロから作り上げるので、アレンジより難しい。でもそうやって生まれた『自分の曲』を届けられるのは、やっぱりうれしいです。アレンジを聴いてもらうのとは別の楽しさがあることに改めて気づきました」。今夏に上演される鈴木福さん主演のミュージカルでも作曲を手がけ、作品を彩る透明感あふれる楽曲を作り上げた大嵜さんは、その思いをますます強くしています。
オーケストラの演奏をいつかテレビ番組で
テレビ番組の音楽統括、ミュージカルの作曲、コンサートのアレンジなど、およそ10のプロジェクトを同時進行させる日々を送っている大嵜さん。さらに今年の7月にはアメリカ・ラスベガスで、10月にはイギリス・ロンドンで、アレンジを手がけたゲーム「ファイナルファンタジーXIV」のファンフェスティバルでのピアノ演奏も控えています。
「オーケストラの演奏をテレビ番組で披露できるような場を作れたらいいなと思っています。音楽番組がどんどん減ってきていますが、テレビは音楽に興味を持つ人を増やす絶好の機会なので」と新たなアイデアを語る大嵜さん。仕事の幅は、ますます広がりそうです。
(文・読売新聞メディア局 バッティー・アイシャ、写真・吉川綾美/撮影協力・ファツィオリジャパン)
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