「核放棄で保護」守られず…元ウクライナ国家安全保障・国防会議書記 ウォロディミル・ホルブリン氏[ウクライナの教訓 侵略半年]

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 プーチン(露大統領)は「帝国主義」という病を患っている。これは災いだ。ロシアの歴史上、彼の手本となる人物は(16世紀に強権を振るった)イワン雷帝と(帝政時代に大国ロシアを築いた)ピョートル大帝だ。彼らは専制君主だった。

冨田大介撮影
冨田大介撮影

 プーチンが核兵器を使えば、放射能の雲はウクライナだけにとどまらないということを、世界は理解するべきだ。

 1991年のソ連崩壊後、ウクライナには大量の核兵器が残され、世界3位の核保有国となった。ソ連時代、ウクライナには戦略ロケット軍があり、東部ドニプロでは米東海岸を攻撃するための世界最高水準の核ミサイルが製造されていた。

 ウクライナはブダペスト覚書で核放棄の道を選んだが、それは正しかった。ウクライナの核兵器はソ連国防省が設計・製造したものだ。ウクライナには専門の技術者や研究者がおらず、単独で核兵器を扱ったこともない。ソ連の一部だったからこそ、保有できた。

 自力で保有し続けるのは経済的にも不可能だった。当時、ウクライナはロシアにガス代の巨額の借金があり、核弾頭に含まれるウランをロシアに売ることで返済した。そうしなければ、ロシアとの間で問題が生じていただろう。

 何より我々は文明世界、民主主義国の一員として認められたかった。覚書に署名した米国や英国は、ウクライナが核兵器を持たず、この先も生産できないと理解し、様々な分野で協力してくれた。

 96年5月31日、ウクライナからすべての核兵器が取り除かれた。この日のことはよく覚えている。駐ウクライナ米大使が電話をかけてきて、「我々がしたことは、人類史上誰もやったことがないことだ」と言った。ウィリアム・ペリー米国防長官(当時)も米国から電話をかけてきて、同じような言葉をくれた。

 ブダペスト覚書の署名国はなぜ、約束通りウクライナを保護しなかったのか。この問いは、署名国に対して投げかけられている。署名国はロシアの安価な石油とガスで裕福に暮らし、生活水準も向上した。

 彼らは自分たちがロシアを民主化に導くと信じていた。しかし、プーチンが権力を握り、2014年にクリミアを併合した後、そんな話は聞かれなくなってしまった。(聞き手・キーウ 工藤彩香)

  ◆ブダペスト覚書= 1994年12月、米英露が署名した安全保障に関する覚書。核放棄を決め、核拡散防止条約(NPT)に加盟した旧ソ連のウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの主権と国境について、核保有国の米英露が尊重し、脅威となることや武力行使を控えることなどを定めた。NPTで核保有が認められた残る中国、フランスは覚書に署名しなかったが、声明でウクライナの主権や領土の一体性の尊重を約束した。

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