馳 星周最新刊『飛越(ジャンプ)』刊行記念特別鼎談

対談・鼎談

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飛越

『飛越』

著者
馳星周 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334106539
発売日
2025/05/28
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

馳 星周最新刊『飛越(ジャンプ)』刊行記念特別鼎談

「面白いですもん、障害レース」

石神深一氏(騎手)×馳 星周氏×高田 潤氏(騎手)
多くのファンに愛され、直木賞作家・馳星周氏も思い入れの深い名馬ステイゴールド。その直仔(ちよくし)で障害競馬界で重賞9連勝という前人未到の記録を打ち立てたオジュウチョウサン。その絶対王者をモデルに描いたのが新作『飛越』である。刊行を記念して、ふたりの騎手、高田潤氏と石神深一氏、そして馳氏による鼎談が実現した。


石神深一×馳星周×高田潤:特別対談

人馬の無事を祈りつつ命がきらめくレース

―『飛越』の執筆に着手するにあたり、高田騎手と石神騎手に取材をさせていただきました。作品を読んでどんな感想を抱かれましたか?

高田 有終の美のような物語をイメージして読み進めていたのですが、こういうストーリーになるんだということに驚きました。競馬の厳しさというか奥深さというか、良い部分だけでなく、表に出ないような部分まで描かれている作品だと思いました。

馳 ありがとうございます。

高田 特にラストは衝撃でした。なぜあの終わり方になったのかと先生に訊(き)こうと思って。

馳 主人公は勝つためだったら自分の命をくれてやってもいいぐらいの執念で乗っているわけですから、あの結末になりました。小説家はそれぞれの書き方があるのですが、僕はとにかく書きながら考えているんです。

高田 書きながらですか?

馳 最初におおまかなストーリーは考えますよ。ディテールは毎回書きながら考えていくタイプの小説家なんです。書いているうちに最終回はどうしようかな、と。頭の中でもうこれしかないだろうってピッて入ってくるんですよ。

石神 あのダブル翔吾(しようご)(主要人物となる二人の騎手、円谷(つぶらや)翔吾と森山(もりやま)翔吾)の台詞を書きながら、こうしようかなという感じですか?

馳 そうです。ルプスデイは絶対王者だから、オジュウチョウサンがモデルなんですね。ご存じの通り僕はステイゴールドの大ファンなので、その血を引く馬が絶対王者に挑戦していくみたいなことは考えて書き進めたんですが、本当に手探りで。二人の翔吾もどんな性格でどうしようかというのも書きながら考えて、最終的に大体これしかないようなラストに辿(たど)り着くんです。表向きは人馬一体で美しいと言いますが、高田さんがおっしゃったようにそんなことばかりじゃないし、大変なことがあるのは僕らファンもわかっていますし。僕は競馬歴まだ八年ぐらいですが、障害競馬は最初もう胸が痛くて観(み)られなかった。事故が多いから。

石神 落馬は多いですからね。

馳 馬も予後不良になってしまうことが多い。それを変えてくれたのはやっぱりオジュウチョウサンなんです。こんな強いかっこいい馬がいてくれて。

高田 落馬しないですしね。

馳 ええ。本当に強かったですから。ステイゴールドの仔(こ)ですし。他にも競馬の小説を書いていますが、今回障害競馬を書こうと思ったのは、競馬ファンの中にも障害競馬に興味ないとか馬券を買わないという方がいるじゃないですか。だから、障害競馬も熱いよっていうのを書きたかったんです。事故が多い分だけ命の重みが違うじゃないですか。騎手同士の信頼やライバル関係もあるでしょうけど、やっぱり命を預け合って競馬をやっているんだという部分は、平地より比重が大きいんじゃないかと思って。だからこそ、やっぱりジャンプは面白いよと。今日も新潟四レースを観てから軽井沢(かるいざわ)の家を出たんです。レースが始まる前に全人馬無事でゴールしますようにとお祈りするんですけど、障害はもっと強く祈ります。

高田・石神 ありがとうございます。


対談:命がきらめくレース

障害レースが生み出す、いくつものドラマ

馳 今日も競走中止がありましたけど、とりあえず事故がなかったらホッとするんですよ。今年の中山(なかやま)グランドジャンプだとマイネルグロンの復活を期待していたけど一着ではなかった。でも、勝ち馬に乗っていた草野(くさの)君(草野太郎(たろう)騎手)が、あんな号泣するぐらいだったからいいか、とかね。

石神 ドラマ性はありますよね。

馳 馬券は当たったら嬉(うれ)しいけどそれは二の次で、やっぱりいいレースを観たい。いいレースやストーリーに対して応援してるんじゃないかな。熊沢(くまざわ)さん(熊沢重文(しげふみ)騎手)たちベテランが引退されて、障害もジョッキーが減っていて。若手が育つのは時間がかかるじゃないですか。最近出走頭数が少なくて寂しいなと思うわけですよ。だからもっと障害を盛り上げたいなと。面白いですもん、ジャンプ。

高田 ありがとうございます。でも、この面白さがなかなか伝わらないんですよね。

馳 最初はわからないで「飛越(ひえつ)が下手だな」とか「なんだよ、このジョッキー」って素人は観ているんだけど、だんだんわかってくると「おお、ここであのポジション取ったよ!」「すごい、このジョッキー」となって。平地の競馬よりもっとシビアじゃないですか。

石神 そうですね。

馳 あそこで外にいたら、絶対無理でしょうとかわかってくるので、その駆け引きも面白い。それと初障害の馬たちが、どんどん飛越が上手くなっていくのを観るのも楽しい。それは馬だけじゃなくて、ジョッキーと一緒に成長しているんだろうと思うんです。だから、平地で重賞勝った馬が、いきなり平地力だけで障害に勝っちゃうと腹が立つんですよ。

一同 (笑)

馳 ジャンプ下手なのに最後の直線だけで勝つのはずるいって思うんです。

石神 それが通用するのはやっぱり未勝利戦までですよね。

馳 オープンになったら難しい?

石神 やっぱり飛越ができないと。

高田 逆に平地のオープン馬が障害レースでは平地未勝利馬にあっさり負けるんですよね。

馳 それもまた面白さですよね。書く方としてはドキドキなんですよ。こちらは取材で話を聞いて書くけれど、やっぱり素人だからプロが読んだら「へへ」って笑っちゃうようなことも書いてるんだろうなとか思いながら……。

石神 でも、人間の心情をなんでここまで。プロから見ても酒に入り浸るとかすごくわかるなと。

高田 中山グランドジャンプや中山大障害も、レースが近づくにつれてジョッキー同士が無言になっていくのを「なんで知ってんの!?」みたいな。

馳 重賞の重みが違うんです。(障害競馬は)GI二つしかないんですよ。みんな勝ちたいですよね。何度でも勝ちたいですよ。障害にはダービーがないわけだから。グランドジャンプと大障害を勝てるんだったら全部勝ちたい。いろんな感情が渦巻きますよ。しかも勝負事だから、他人が勝っておめでとうという気持ちはあるけど、くそっていう気持ちも絶対あるはずですし。それも含めて競馬は面白いと思う。人間だけじゃ如何(いかん)ともしがたい馬っていう存在がいて成り立つこの競技は。

石神 練習していてGIいけるなという馬はなかなかいないんですよ。期待を凌駕(りようが)してこないと。あるいは競馬で走っているうちに「あれ、なんか急激に(よくなった)」というくらいじゃないとGIを勝つレベルにはならない。

高田 まぐれじゃ勝てないですよね。特に中山は本当に強くないと。


高田潤:いくつものドラマ

キャリアの常識を超えて

馳 高田さんは今年絶好調ですよね。

高田 ありがとうございます。

石神 今年は隙がないですよね。高田先輩、馬を作るのは上手いけど、今年はレースも異常に上手いです。

高田 今年はって。こいつ、適当に言ってる。

一同 (笑)

馳 勝ち鞍(くら)が増えている以上に安定感が増していますよね。

石神 一着を取りこぼしても二着三着に収めてくるし。

馳 キャリアを重ねてきて、なぜさらにこれまで以上に上達するのか訊きたかったんです。

高田 小牧加矢太(こまきかやた)(騎手)が調子に乗ってるなという、それだけですね(笑)。去年(二〇二四年)彼はリーディングを取っていて、一方で自分は怪我(けが)して一年ぐらい(二〇二二年~二三年)休んでいたので。俺がそうはさせねえよと。

馳 小牧君は上手いんですか?

高田 調教が上手いです。それに馬乗り自体も上手い。吸収力がすごくて教えたことがすぐできる。

石神 元々の土台の馬術がしっかりしていて、プラス高田先輩たちの助言が加わるので。ちょっと油断していましたよ。そんな急に上手くなるとは思ってなかったですし。(障害競走の)怖さも知ったら、そんなに攻められないのではと思っていましたけどそんなこともなく。運もいいのかな、怪我もしないですもんね。勝つことで自信もついているんでしょうね。

高田 落ち方も上手いですね。落ちる時に鞍を蹴るんです。そんなことなかなかできない。余裕があるんです。

馳 すごいですね。馬術で培ったものなんですかね。

高田 馬術では実際あると言っていましたね。とにかく馬から離れるって。馬の下敷きになるのはやっぱり怪我のリスクがあるんで。それと彼はそもそもあまり落ちない。

馳 障害馬って八歳、九歳くらいまでと息が長いじゃないですか。この間ザスリーサーティという馬が勝ったんです。


石神深一:キャリアの常識を超えて

石神 あの馬も十歳ですね。

馳 そうなんです。オジュウと同じステイゴールドの直仔なんですよ。でも今中央の平地には直仔はいないんです。ザスリーサーティとマイネルヴァッサーとスヴァルナの三頭で全部障害馬なんです。十歳でも走る。ザスリーサーティなんて十歳で中央初勝利ですからね。平地じゃ絶対ないことでしょう。

高田・石神 ないですね。

馳 勝った日は朝の四レースだったかな。今日は競馬はもういいやとなって妻とお祝い会になりましたよ。

高田 しかもザスリーサーティ、三月三十日に勝ったんですよ!

馳 そうそう、そうなの!

高田 ザスリーサーティ、もう三月三十日以外勝たんやん(笑)。

馳 本当は三時三十分のメインレースに出られるようにと名付けられたんですけどね(笑)。

騎手の視点から競馬をエンタテインメントに


高田潤×石神深一:騎手の視点から競馬を

馳 障害競馬はせめてオープンや重賞はもう少し頭数が多いと面白いのにと思うんですよね。

高田 ローカルの第三場がメインなので、どうしても重賞は頭数が揃(そろ)わないところはあるんですよね。少しずつ変わってきてはいますけど。

馳 あと馬が増えてもジョッキーの数がね。

石神 ジョッキーの育成ですね。

馳 この間、平地のジョッキーも飛越をやることがあると聞きました。

高田 乗馬の流れで少し跳ばして、というのはありますね。最近、来日中だったクリスチャン・デムーロを僕が障害馬に勝手に乗せましたけど。

馳 勝手に(笑)。

高田 上手かったですね。やってたんじゃないかな。ライアン・ムーアも元々障害ジョッキーですし。
 以前、フランスの障害専門のオートゥイユ競馬場にパリ大障害を観に行った時に、それとは別の一レースに乗せてもらえることになったんです。パドックで場内インタビューがあるんですけど、レース前にマイクを向けられました。ターフビジョンに流れるんです。

馳 ヨーロッパはエンタテインメント化がうまいですよね。

高田 日本でもやればいいのにと思って。ジョッキーカメラも十年前から言ってきました。ドローンは二〇二四年末からの導入ですし、スクーリング(レース前日にコースを経験させること)の動画を流すようになったのも最近です。レース前の障害競走騎手インタビューもそうです。

石神 スクーリングは高田先輩がSNSで始めるまでなかったですよね。金曜日までは携帯使えるんで。

高田 自分たちで映像やインタビューを撮ってやってました。
―二〇二三年の取材時、障害競馬をもっと盛り上げたいと高田さんはおっしゃっていました。その行動を通して盛り上がってきている実感はありますか?

高田 こういうのは言ってすぐできるものでもないですし、言い続けることでちょっとずつ変わっていくものだと思うんです。言ってダメだからやめるよりも、言い続けることが大事かなと思います。
―同じくその取材時に高田さんから伺ったのが「横木(おうぼく)(丸太)を跨(また)ぐ」という調教。作中でも何度か描写があります。

馳 使わせていただきました。

高田 これは本当に表に出る部分じゃないです。競馬新聞にも出ないし競馬の記事にも出ない。それでも本当に大事な部分です。
―そこも人間にはコントロールできない馬の性格が関わってくる部分だと思いますが、いかがでしょうか。

高田 その馬の運命が変わると言っても過言ではないぐらい初期調教は大事です。初レースもそうです。でも、これが怖がりだからダメというわけではなくて、怖がりだからこそ慎重に跳ぶ馬もいます。

馳 見極めが難しいですよね。

石神 根本的にオジュウも怖がりですからね。あれも横木を跨がないですからね。

高田 レースで実績のあるオジュウでも跨がないわけですから。これどういうことって思いませんか。六十キロ近いスピードでめちゃくちゃでかい障害を跳ぶのに。

石神 あっちのほうが圧倒的に怖いのに。

馳 こればっかりは馬に「何が怖いねん?」って訊いてみないとわからないですよね。
 平地のジョッキーは調教を乗ることに特化していて、馬を作るという作業はないですよね。

石神 調教師の指示が強いですよね。

馳 おっとりしている馬は、あまり走らないですよね。特にステイゴールド一族で強くなるのはやっぱり問題馬ばかり。ナカヤマフェスタの関係者の方が、「一族の一番の特性は負けず嫌いと根性」と言っていました。「それがいい方に出れば強いし、逆に出れば全然ダメになる。とにかく負けず嫌いと逆境になった時の何くそっていうのがある。ナカヤマフェスタやオルフェーヴルも(凱旋門(がいせんもん)賞の)ロンシャン競馬場のどろんこ馬場になった時も気持ちを切らさずに走れる。だから障害で強いのもその気質の表れじゃないか。平地で燻(くすぶ)っていても障害に行くと新しい刺激になるし、きついから本気になるんだ」っていう話をしていました。

石神 可能性もありますね。優等生はいないですもんね。


馳星周:エンタテインメントに

百年に一頭の絶対王者、オジュウチョウサン

―その一族であるオジュウチョウサンは、今ヴェルサイユリゾートファーム(北海道・日高(ひだか)の引退馬牧場)にいるんですよね。

石神 今年はまだ会いに行けていないです。

高田 オジュウチョウサンの子どもも障害レースに出てきてほしいですよね。

石神 年間五頭くらい種付けしているみたいですけど。

高田 面白半分でもいいのでネタで何頭か……。百年に一頭くらいの怪物やもん。

馳 自前の繁殖馬を持っているブリーダーオーナーが年に一頭ぐらいオジュウを付けても面白いですよね。記録的にもそうじゃないですか。それを破る馬は出てくるのかな。

高田 何個勝ってる、あの馬?

石神 中山(のGI)は九個。

高田 九回出るだけでも大変なのに。

馳 それで勝ってるんですからね。

石神 (GIは)三回負けてるんで、十二回も走っているんですよ。最低でも六年かかる。
―平地での出走も挟みますし。

馳 最後の引退の年も一回勝ってますからね。とんでもない。

石神 他に出走する馬も関わってきますから運も持っていますね。

高田 それと大障害とグランドジャンプだと微妙に求められるものが違うのに勝つのがすごい。

馳 同じ中山競馬場なんですけど、その違いが絶妙ですよね。よく考えられていますよ。

石神 今年グランドジャンプで事故があって大障害と同じコースでいいじゃないかという声も上がったらしいんです。でも、僕らもJRAもそうですけど、バリエーションをつけたいっていうか。

馳 そんな中山でステイゴールド一族の毎年のGI連勝記録を繋(つな)いでくれたのがオジュウチョウサンなんですよ。ゴールドシップが引退して、レインボーラインが引退して、インディチャンプが出てくるまで、GIを勝つ馬がオジュウしかいなかったんです。もう感謝しかありません。

石神深一(騎手)×馳 星周×高田 潤(騎手)

光文社 小説宝石
2025年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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