コラム

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アカデミア創薬シーズへの投資促進に向けた課題を探る

研究者・創薬ベンチャーが投資家に示すべき「信頼性データ」

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2025.7.11

ヘルスケア事業本部森本康平

永野克将

末松佑麿

ヘルスケア
新薬の創出に向けて、アカデミアや創薬ベンチャーが有する創薬シーズの実用化が世界的に期待される中、日本ではこの領域への投資が十分進んでいないのが実情だ。今後、投資の適切な拡大を促す上で重要なカギとなるのが、該当する創薬シーズの信頼性を担保するデータ群=信頼性データである。本コラムでは、投資家の評価傾向に関するアンケート調査を基に、創薬を目指すアカデミアや創薬ベンチャーが投資家に対してアピールすべきポイントについて分析し、目指すべき方向性について提言したい。

信頼性データに対する創薬研究者と投資家の認識ギャップが投資の壁に

医薬品の開発では、創薬ターゲットの大部分が研究しつくされ、製薬企業が単独で新たな医薬品を創出することがますます困難になっている。国内大手製薬企業の開発パイプラインでは、オリジネーター(創薬技術・シーズの開発者)が、アカデミアまたはアカデミアシーズを基とした創薬ベンチャーである割合が増加している※1

そのため新薬の創出に向けて、アカデミアや創薬ベンチャーのシーズを実用化する創薬ベンチャーエコシステムの振興が必要であると言われて久しい。しかし、日本ではアカデミアや創薬ベンチャーへの投資総額は米国の0.4%にとどまり※2、投資が進んでいないという問題がある。

日本でアカデミアや創薬ベンチャーへの投資が進まない要因は何か。ポイントは、アカデミアでの研究成果をアピールするための「信頼性を担保するデータ群(以下、信頼性データ)」である。ここで言う、「信頼性データ」とは創薬シーズの科学的妥当性判断や研究公正を立証するための研究データセットを指す。

アカデミアおよび投資家が互いの、「信頼性データ」に関する認識・要望などを共有し、両者の相互理解が進むことは、創薬ベンチャー投資の活発化のため、さらには政府が「骨太の方針」で掲げる「創薬力の強化、創薬エコシステムの発展」のためには、不可欠である。

このような背景のもと、当社は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)からの委託を受け、AMED認定ベンチャーキャピタル(VC)へのアンケートを実施し、モダリティ・研究開発フェーズごとに、投資家が投資する際の評価項目(「信頼性データ」のうち重視する要素)の傾向について調査した。合わせて、創薬を目指すアカデミアが今後投資家に対してアピールすべきポイントなどに関する分析を行った。

アンケート調査から見る、投資家が重視する信頼性データの要素

本アンケート調査では、AMED認定VC23社に対して、創薬シーズへの投資判断材料となり得る39項目について、モダリティ・研究開発フェーズごとの投資判断の重要度を5段階で評価してもらった。

その結果、基礎・応用研究フェーズでは、製品コンセプトの確立として、シーズの特徴を科学的に説明できるデータ、具体的には作用機序(薬が治療効果を引き起こす仕組み)が明確であることやPoC(新たな発見や概念について実現可能であるかを実証すること※3)が重要であるとの結果が得られた。さらに、開発候補品の同定として、GLP(Good Laboratory Practice:非臨床試験の信頼性を確保するための基準)試験に進むべき化合物や製品が確定しており、物質特許を取得していることも重視される。

また、非臨床試験・治験フェーズでは、GLP試験やFIH試験(First in human試験:第I相臨床試験の中でも、人に対する投与が初めてとなる試験)が実施されており、シーズの有用性や安全性を示すデータが重要であるとの結果が得られた。

つまり、研究開発フェーズの早期の段階では投資リターンの判断材料が重視され、フェーズが進むにつれて投資リスクの判断材料が重視される、といった傾向にある。この背景には、医薬品の開発費は1品目当たり数十億円から数百億円と巨額であるため、臨床試験まで進んだものの、副作用が発現するなどの安全性上の理由から開発が中止となることを避けたい、といった投資家の考えが反映されていると推測される。

一方で、どの研究開発フェーズでも、研究者が重視しがちな論文・学会発表などの研究業績自体は、投資判断に直結しないという結果であった。インパクトファクターが高く権威ある著名な学術誌には掲載されないデータセットでも、その中に創薬上有用な示唆に富むデータが含まれていることがあるため、研究者は研究業績自体をシーズ有用性の判断基準とせず、投資家にアピールすることが重要である。

投資家が早期段階から重視する「事業戦略に直結する信頼性データ」

投資家は事業戦略に直結する信頼性データについても、基礎・応用研究フェーズといった早期段階から重視する。具体的には、既存の治療薬との差別化や競合優位性、アンメットメディカルニーズ(まだ有効な治療法が確立されていない疾患への医療ニーズ)解消への寄与、市場性・収益性の見込みを想起できる研究開発データが挙げられる。

さらに研究開発のフェーズが進むにつれて、製造手段の確立や臨床試験の実現性といった、実用化に向けた具体的手段に関する情報も重視される。

製造については、開発品を大量製造(治験薬・市販後製造ともに)するための手段が確立できており、製造のアウトソース先が決定していることや、主成分となる物質や細胞の安定性(使用可能時間、保管・輸送条件など)が実用可能な範囲であることが重要である。特に、近年研究開発の進歩がめざましい遺伝子・細胞治療薬や再生医療等製品では、開発候補品の製法特許を取得している必要がある。

また臨床試験については、プロトコルなど、実施に当たる各種文書体の準備、患者リクルートなどといった具体的な計画が立案されていることが肝要である。
図 各研究開発フェーズにおいて、投資判断として重視される項目
各研究開発フェーズにおいて、投資判断として重視される項目
出所:AMED「実用化を目指すAMED事業の信頼性確保の科学的整理に向けた調査」を基に三菱総合研究所作成
https://www.amed.go.jp/content/000139823.pdf(閲覧日:2025年6月16日)

研究者は連携と分担により、投資家目線の信頼性データの確保を

研究者は、投資リターン・リスクの双方を判断できる信頼性データおよび事業戦略を想起できる信頼性データを確保していることを、投資家にアピールする必要がある。

このアピールに有用なツールが、ターゲット・プロダクト・プロファイル(TPP)である。TPPは、予測される効能・用法、用量・投与形態、剤形、有害反応などをまとめたもので、開発候補品がどのような要件を満たすべきかを具体的に定義する重要なツールであり、事業戦略の評価材料となり得る※4

また、TPPは創薬に関わるステークホルダーの間で、開発候補品について説明・議論するための共通言語でもある。研究者にとっては、TPPは規制当局や投資家などとの議論を円滑に進めるためのツールとして有用であり、その策定過程で投資家が重視する信頼性データの内容を明確化することにつながる。そのため、早期の研究フェーズから研究者またはアカデミア主体でTPPの策定を意識することが望ましい。

しかし、必ずしも研究者単独でTPPを策定する必要はない。まずは所属大学の産学連携・研究支援部門と連携し、必要に応じて支援機関やVCの支援を積極的に活用しながら策定することも可能である。

さて、創薬シーズ事業化の過程は多様化しており、TPPを対話のツールとして活用しつつ、多様なステークホルダー間の連携が求められる。従来のように、アカデミアの研究シーズを製薬企業に導出するだけではなく、AMEDなどの公的機関からの支援により、アカデミア主体でCRO(Contract Manufacturing Organization:医薬品開発業務受託機関)やCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization:医薬品開発製造受託機関)と連携しながら治験を進める道筋も整備されてきた。また、研究者が自身の研究シーズを基に創薬ベンチャーを設立し、上場またはM&Aといった出口を見据えながら資金調達を行い、実用化を目指す方法も存在する。

さらに近年、VCによるベンチャークリエーションも存在感が増している。ベンチャークリエーションとは、VCが研究者の創薬シーズを研究開発の早期フェーズで買い取り、あるいは起点として、VCがそろえたメンバーで研究開発を進める手法である。その成功例としては、例えば米国のライフサイエンス系VCであるFlagship Pioneeringがモデルナを創出した例が挙げられる。

ベンチャークリエーションでは、VCが持つ事業戦略、経営リソース・ノウハウ、ネットワークなどと、アカデミアが持つ高いレベルのサイエンスとの、「シナジー」が期待される。研究者主体での創薬ベンチャー立ち上げと比較すると、ベンチャークリエーションの場合、研究者の事業化への負担が少なく、サイエンスに専念できることがメリットである。また、ベンチャークリエーションが従来手法と異なる点としては、実験室レベルの仮説検証フェーズから事業化の対象となり得ることが挙げられる。

ベンチャークリエーションを成功させるためには、研究開発のごく早期のフェーズから研究者とVCが対話を開始し、投資家と研究者の信頼関係構築に至る点が重要である。そしてその実現に向けては、前述のTPPが、両者を対等に議論させ、つなぎ合わせるためのツールとして機能すると期待できる。

以上のとおり、実用化を目指すアカデミア研究者は、投資家が求める信頼性データの要素群を理解し、研究の早期段階から、業界内の共通言語としてのTPPを活用し、多様なプレーヤーとの連携を進めることが求められる。

(なお、本文中で紹介したAMED認定VCへのアンケート調査結果の詳細は、AMEDウェブサイトに掲載している※5

※1:日本製薬工業協会医薬産業政策研究所「アカデミア・創薬ベンチャー・製薬企業を中心とする共創型創薬の実態と展望」
https://www.jpma.or.jp/opir/research/rs_081/k9rmj20000000600-att/RESEARCH_PAPER_SERIES_N081.pdf(閲覧日:2025年6月16日)

※2:日本経済新聞「創薬ベンチャー、5年計画で投資額2倍に 創薬サミット」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA299CX0Z20C24A7000000/?msockid=3fff591a0ced69781c204ccc0d97688c(閲覧日:2025年6月16日)

※3:独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)「POCプロジェクト」
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/hbd/0025.html(閲覧日:2025年6月16日)

※4:AMED「アカデミア研究者のための、創薬分野におけるTranslational Researchの専門用語ハンドブック」
https://www.amed.go.jp/content/000048065.pdf#page=28(閲覧日:2025年6月16日)

※5:AMED「イノベーション・エコシステムプロジェクト 実用化に向けた信頼性データ:投資を受けるため目指す観点」
https://www.amed.go.jp/program/list/19/02/005.070228.html(閲覧日:2025年6月16日)

著者紹介

  • 森本 康平

    ヘルスケア事業本部

    ライフサイエンス領域における研究開発の調査・分析を専門とし、アカデミアや官公庁を中心に、国内外の研究開発動向調査やアカデミアの創薬シーズの実用化に向けた支援に従事しています。
  • 末松 佑麿

    ヘルスケア事業本部

    アカデミアの研究開発やスタートアップの事業化を支援することで、医療・介護分野で日本の研究成果の実用化を目指しています。
※所属は2025年6月時点のものです。